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ほとんどのことはどうでもいいことである。

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昨年ぐらいから、自分の中に起こっていた大きな変化のひとつに、物事を 「好き・嫌い」 で分けなくなったというものがある。もう少し正確に言うと、色んな事に 「嫌い」 を言わなくなった。人を嫌いにならなくなったし、メシを食うて 「まずい」 とも言わなくなったし、映画を見て、本を読んで 「おもしろくない」 とも言わなくなってきた。 もうなんか、どうでもいいじゃないかという気持ちである。 僕がなにかについて 「嫌い」 とか 「面白くない」 とか 「まずい」 などと言って、誰の得になるだろう、誰か幸せになるのかなと思い始めたのである。それこそ昔は尖っていて 「アンチであることのクール」 みたいなところにしがみつき、 「お前達は全然わかってない、あんなものはクソだ」 などと喚いていた時期もあったが、最近はそういう体力がもうない。というか、そういうことに頭を使うと、疲労がえげつないのである。 元々僕は、目の前の人に共感してもらいたいタイプの人間である。そうでなければ日記を他人に見せたりしないし、そこにとどまらず、 「オレの日記、面白いでっしゃろ」 と言うて、好きこのんでコミュニティに投稿し、 「おもろいでっしゃろ、投票してこませ」 などと恥に恥を塗り重ねるようなことなどしないだろう。僕は間違いなく共感が欲しい人間である。 僕のような、共感ほしーほしー人間は、なにかを 「嫌い」 と言った際にもやっぱり共感が欲しい。人から共感してもらうには、相手を説得しなければならないから、相手を説得するために、なぜそのものを嫌っているのかについて、その理由を必死に探し、嫌いである理由、あなたも嫌いになった方がいい理由を必死になって相手に訴えかけるという作業が必要なのだけど、こういうことがもう、すんごいしんどい。そして相手が 「わかったわかった、私も嫌うからもう許して」 と言ってくれたとしても、そこに残るのは言いしれぬ疲労感と虚無。ネガティブを必死に掘り下げても、得る物は虚無しかないし、間違いなくそこに 「幸せ」 は存在しない。 一方、 「好き」 を説得する場合はとても幸せである。なぜそのものが好きなのかについて、もっと考えることで、そのものをもっと好きになれる。たとえ相手を説得できなかったとしても、相手から共感を得られなかったとしても、自分の 「好き」 が深まるのだからある意味で...

なにをそこまで。

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カンニングの事件だけれども、一体何でこんなに大騒ぎになっているんだろう。例えば、試験中に隣の席の人間の答えを覗いたとか、カンニングペーパーを使用したとかで、それらが発覚した場合、絶対にこんな大騒ぎにはならなかっただろう。 ということは、カンニングのやり方が問題だったということになるけれど、時代を考えれば、今時の学生にとって、これはカンニングペーパーと同じレベルのモノであり、時代が変わってカンニングペーパーが携帯電話になったというだけのことであると思う。 そう考えると、なにが悪いかって、今回のようなカンニングのスタイルを予想できなかった古い考え方の大学サイド、あるいは、予想していたとしてもそれを発見できなかった甘い大学サイドっていう結論にしか落ち着かないじゃないか。 1年に何万人もの大学受験生がいる中、彼以外にカンニングをした人が一人もいなかったと考えられるだろうか。僕は少なくともそこまで楽観できない。カンペや、前後左右の席の回答を覗いている人間だって絶対にいただろう。 そういった人間は咎められて失格になったか、あるいは見つかることなく逃げ切ったかしているだろう。受験生も人間であれば大学サイドも人間である。 であるなら、彼一人に全てを押しつけて 「わたくしどもは完璧でした」 なんて方便は最も苦しいし、非現実的じゃないだろうか。 「わたくしどもにも責任がある」 という一言もないというのはなんだか不気味である。大学サイドが繰り返すのは 「来年の入試では改善する」 ということばかり。カンニングをしたとはいえ、一人の人間の将来なんかお構いなしに、ただひたすら 「糾弾すべし、徹底的に調べて欲しい」 などと生け贄のように扱うのは、これ大人のすることなのだろうか。 カンニングはアカンことである。そんなことはみんな知ってるし、彼自身も知っている。でも、罪刑法定主義というのがこの国にはあって、罪には、その罪にあった罰が下されるべきで、罪以上の罰も罪以下の罰も許されない。また、罪に対する罰はすでに刑法で定められているというのが罪刑法定主義、この国の刑法の根本である。 正直、今、彼に与えられている罰は、もはや死刑に近いようなものだと思う。大学の合格を取り消されたのは仕方ないにせよ、社会的にも抹殺されたも同然だ。匿名にされているとはいえ、個人情報なんて簡単に手に入る。...

お部屋計画。

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来月の中旬に、友達がたくさん遊びに来てくれるのだけども、部屋の現状を目の当たりにすると目眩がする。僕の部屋は今、あまりに散らかっているのである。しかし、1日をかけて完膚無きまで部屋を片付ける体力がないことは以前、証明されている。そこで、今日から当日までの1ヶ月をかけて、ゆっくりと部屋を片付けていこうと思う。 僕の部屋はほぼ正方形と言って良い形をしているので、それを「田」の字形に4分割して、1ヶ月(4週間)の1週間ずつをそれぞれのパートに専念するのである。 ただし問題がないわけでもなく、僕の部屋を「田」の字にした場合、「田」の右下がものすごく汚いくせに、「田」の左下はほぼ掃き掃除で終わるという点である。勢いに乗っている序盤に右下を攻めるのが良いのか、最初は左下を掃除し、右下は最後まで残しておくのが良いのか。 そしてなにより、1ヶ月も集中力が続くのか、そして、前半に片付けた部分を、約1ヶ月間、友人が来るまできれいなままキープし続けられるのか。 そういうことばかり考えてしまって、一向に掃除に取りかかることができないでいる。難儀なものである。 &  ↑ 2種類のランキングに参加中です。

渡部陽一への恐怖。

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渡部陽一 2010年、テレビ業界を席巻し、一気にお茶の間の人気者になった戦場カメラマンの渡部陽一氏のことは、僕もご多分に漏れず、すごく好きで、ザッピングしていて彼がでている番組を見つけると、つい手を止めてしまうようになっている。 今日も、ザッピングをしていたら、脳科学者の茂木先生監修のクイズ番組に渡部陽一氏がでていたので 「お?おもろそやなぁ」 と思わず手を止めた。 番組自体はさまぁ〜ずと優香が司会をしている単なるクイズバラエティで、番組内ではインテリ芸人、ロザンの宇治原が3連覇なるか、というのがメインテーマであり、渡部陽一氏もメインで登場と言うよりは、 「今、旬だから」 みたいな出方をしていた。そんな中、意外に健闘する渡部陽一氏がピックアップされ、茂木先生に脳に関する質問をするという場面になったときの、渡部陽一氏の質問にちょっと冷や汗が出た。 「どうしても、戦場に戻りたくなってしまうのですが、  これは職業病でしょうか?」 という質問だった。 それを見た時、僕は背中がひやっとしたのである。 なんのことはない、ただのバラエティ番組で、あの木訥な口調にくわえ、画面の下にはテロップがゆーっくり出てきて、完全に 『ネタ扱い』 されているし、渡部氏がそれを言い終わると、みんな笑い出して 「出た、渡部節」 という感じになったのだけど、それにもかかわらず、僕の背中はなんかゾゾゾっとした。 「どうしても戦場に戻りたくなってしまう」 という、聞きようによってはとても怖い言葉をニコニコした表情とゆっくりした口調で茂木先生に投げかける雰囲気が、正直不気味だったのである。 また、渡部陽一氏自身を見ても、笑顔ではあるが、心から 「よくわからなくて困っている」 という感じで茂木先生に質問しているような気がした。まるで、自分の中で今は息を潜めている、行動的で攻撃的で、刺激を求める人間性が暴れ出しそうになっていて、それを止められなくて困っているというように見えたのである。そして、その質問を受けたときの、茂木先生は一瞬、張り付いたような表情になったように見えた。なんというか、茂木先生だけは、口調や外面ではなく、渡部陽一氏の質問、困惑の意味をきちんと理解し、その不気味さに 「ぞっ」 となったように見えたのである。 その後の、茂木先生の回答はこうだった。 ...

火星人マイナスの2011年

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火星人マイナスの2011年の運気 <総合運> 〈乱気〉で苦しみを味わった火星人(-)ですが、〈再会〉を迎えた2011年は、晴れやかな気持ちで過ごせるでしょう。 これまでやりたいと思っていても手が出せなかったことや、やむを得ず中断していたことに もう一度挑戦するチャンス です。 やってみたい仕事があるなら、思い切って異動を願い出たり、企画の提案をしてみましょう。今までと違い、開放感に満ちあふれている2011年は、何をしても生き生きと取り組めるはずです。 そうした姿は、周囲の人の気持ちも動かすにちがいありません。とくに、 1月 、 4月 、 5月 は自分で思っている以上の成果が得られそうです。 火星人は、自分から初対面の人に心を開くことはない一方で、多くの人をひきつける魅力は持っています。2011年はそうした面にも磨きがかかるので、多くの人があなたに接近してくるでしょう。 その目的はさまざまですが、相手の本質を鋭く見抜く力に恵まれているのも火星人の特徴ですから、自分の直感を信じ、付き合いを深める人、そうでない人を区分してください。 また、これまでなんとなく話が合わないと敬遠していた人がいるなら、思い切って話しかけてみましょう。 引っ越しや、転職を考えている人は 3月や9月がチャンス 。新しい場所で、あなたの今後の人生に大きく影響を与えそうな人との出会いが待っていそうです。 思っている以上の成果が得られるのが1月って…なんにもやってへんやんけー、せめて2月まで待ってつかぁさいよぉ。 「なんにもやってへんなりに、得たやん?」 つって、お隣さんから蜜柑もらってハイ終了、みたいなんイヤやで。今、オレ、大事な時期なんやから。 んで、引っ越しするなら3月かぁ、ここはふむふむです。 <恋愛運> 愛情面も、今までと違って順調です。パートナーの言動にイライラすることの多かった人も、2011年は相手の立場や気持ちを推し量る余裕が生まれ、おだやかな態度で接することができるでしょう。 交際中の人は、足踏み状態が続いていた結婚話が一気に進展しそうです。恋人がいない人は、出会いのチャンスはあちこちあるのですが、問題はそれに気づくかどうか。他の誰かと比べたりすることのばかばかしさはよくわかっているはずですから、自分の心の目でしっかりと相手を見ることです。 パートナーの言動に...

火星人マイナスってなんなのか。

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新年明けましておめでとうございます。 一年の計は元旦にありとはよく言ったもので、一年の計を元旦に立てておくと、その一年の自分の行動スケジュールを、全てその 「計」 に基づいて行うことができるので、ぶれない。人間とはなかなか有機的なもので、 「ああしたいなぁ」 とか 「こうしたいなぁ」 と思っていても、直後にすれ違った女の乳がデカかったら、それだけで 「グフフ」 と笑ろて、今し方、何をどうしたかったのかをいきなり忘れてしまったりする。そういうときに備えて、 「計」 を立てておくことが大切である。 僕なんかはその辺をきちんとわきまえているので、昨年も一年の計として 「平穏無事」 をかかげ、一年を平穏無事に送るための様々な作戦を立てて来た。元旦に 「計」 を建てているので、僕はぶれずに、往々にして、折に触れて 「平穏無事、平穏無事」 と唱え、それが実現するよう、善処に善処を重ねてきた。 その結果どうなったか。上司からのパワハラは悪化し、心神は耗弱、思いがけないトラウマの発見で、両腕をカッターナイフで切り裂き、精神疾患用薬物の同時大量摂取にて救急車に運搬され、精神の崩壊、現在も職場とは戦争中という、想像を絶するような 「激動の一年」 となってしまった。なんでじゃ。 一年の計を元旦に立てたというのに、このていたらく、目標達成率2%みたいな状況になってしまったのはなぜなのか、僕は年末真剣に考えた。なぜなら誰も会う人がいなくて、暇だったから。その結果、1つの結論に達した。 「僕はまだ、自分のことについてよくわかっていないのではないか」 ということである。自分自身のことがよくわかっていない分際で、自分自身の一年の計を立てたところで、よくわからぬ自分がそのように行動できるかどうかなどわかるはずがない。慧眼、慧眼。 そうなれば話は早い。 僕は、なんだか忘れたけれど、 「火星人マイナス」 という人間だという。 細木某という人間が僕をそう定義しているらしい。細木某という人間についてはよくわからないけれど、細木某は、地球人に宇宙人の名とその陰陽を与えることで財をなした傑人だそうで、そこまでの人間が僕を 「火星人マイナス」 と呼ぶのだから、僕はまぁ、間違いなく 「火星人マイナス」 なのだろう。 「ひろ兄」 ならぬ、 「火星人マイナス兄」 なんだろう。 ということで...

人生を笑え。

だいたいこういうことは森博嗣が言うてた気がするので、確証はないけども、森博嗣の言葉に、こんな感じのものがある。 「人間は確かめながら怒り、確かめながら泣く、でも笑うときは確かめない」 つまりは、例えば怒り心頭、怒髪天を衝いてるような状態において、人間はどこか冷めた部分で 「あー、オレ今怒ってるなぁ」 と自覚していたり 「これ、もうちょいデカい声でもいっぱつ怒鳴っとこかいな」 とか、逆に 「ここはいっちょ、いきなり沈黙を決め込んで、相手に不気味感を与えたろかいな」 とかを確認しながら怒っているということであり、感情の100%が純粋な、澱みない、一番搾りの 『怒り』 に支配されるようなことは決してなく、ある程度の冷静な自分が、少し離れたところから冷めた目で見ている。泣くときも 「あー、オレ今泣いてもてるわぁ」 とか 「やばい、左の鼻の穴から鼻水出かかってるなぁ」 とか 「さりげなくティッシュで鼻をかむにはどないしたらいいかなぁ」 という阿呆を考えてしまっている自分がある程度存在しているため、純度100%の、屈託のない、雲ひとつない 『泣き』 なんてことはなかなかできたものではない。 しかし 『笑う』 ときだけは別なのであると、氏は言うとるんやと思う。確かに爆笑してる最中に 「家のガスの元栓切ってきたかしら」 とか 「貯金額が家賃に足りないのだけど、手の打ちようがないなぁ」 などと考えてる人はいないだろう。 人間、笑ってるときだけは感情の色を100%、無地の、混じりっけなしの、 『笑い』 に染め上げることができるのである。 で、僕にはこれが単に現象を言い当てているだけの言葉であるとは思えないのである。 笑ってるとき、人間は 『笑いの化身』 、 『ワラシス』 になることができるし、ワラシスには他の感情が入る余地がない。ワラシスは 『笑い』 で満席なので、ワラシスにストレスを与えることは難しい。爆笑が止まらず 「えぐっえぐっ、ぐふふふひひひひひーひーひひー」 となっとるワラシスに 「世界には食べたくても食べられない人がいるんだよ」 と諭してもダメ。ワラシスは 『笑い様でご満席』 だから、そんな言葉を受け入れるスペースもなければ、そんな言葉を理解できる冷静な思考経路も働かない。 考えようによっては、ワラシス状態は対精神用ストレスに 『満席』 と 『阿呆』 と...

Choo Choo Trainのオープニング元ネタ。

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ZOOでもいいし、EXILEでもいいけど、 『Choo Choo Train』 という曲があって、そのオープニング部分の元ネタが判明したというブログを見つけたのだけど、残念ながら動画が削除されていて再生できなかった( 『須田英之の独り言』 さんより) とりあえず、その問題のラップ部分をEXILEバージョンで確認してみる。 この 「ちゃーげぞれべれけのーべちゅっぎっぽーんでっきっぽんっぺっせろん、 ちゃーげぞれべれけのーべちゅっぎっぽーんでっきっぽんっぺっせろん 」 の部分なのだけど、実は元ネタは D-Train という人の 『Keep On』 ちう曲のサンプリングだったんだという。 『Keep On』─ D-Train (※たぶん該当箇所から始まるようになってます。) さらに、この 『須田英之の独り言』 さんのエントリーについたコメントによると、あの伝説のラッパー The Notorious B.I.G. の 『Sky's The Limit』 という曲のサビにも使われてるんだって。なんか、サンプリングって……なんなんだろう、どうもずるい感じがあるんよなぁ。 『Sky's The Limit』─ The Notorious B.I.G. & ↑ 2種類のランキングに参加中です。

犯罪者や加害者が出版する不思議。

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のりピー出版 薬物→逃亡→拘置所綴った → http://bit.ly/hMAAnd よく、何かしら事件を起こした当事者や殺人を犯した加害者の家族が手記を出すことがあって、その度に 「金儲けか!」 と激怒する短絡思考の人がいる。僕も昔はそういう風に考えていたのだけれど、あれって色々と事情があるんやね。 例えば、加害者や加害者の家族が手記を出す理由、これは 賠償金の支払いのため でもあるんだそうな。手記を出版して印税でも手に入れないと、被害者や被害者の家族に賠償金を支払えない。だから、物凄い罪悪感を抱えながら、世間から 「金儲け!」 と揶揄されながらも、歯を食いしばって手記を出すんだってね。 酒井法子も、生きていくためにはお金がいるし、子供も育てていかないといけない中、今は全く仕事もないだろうし、手記の印税に頼るしかないんだろう。もちろん、 「バイトせぇ」 とか 「仕事のない中で必死に子供を育ててる親もいる」 とか、まぁ色々意見はあるだろうし、それもまた正しいとは思うけど、例えば酒井法子がスーパーのレジ打ちの面接に来たとして、んなら店長はまず 「んわ!のりピーやんけ!」 となるだろう。んで、履歴書見せてもらって、賞罰の所に 「覚醒剤不法所持」 みたいなこと書いてあったら、やっぱ雇えない。一般人なら、生きるため、賞罰の欄を空欄にして履歴書を出すこともあるかも知れないけれど、酒井法子にはそれはできない。 どこに就職するにしても、どこでバイトするにしても、酒井法子は酒井法子であるがために、一般人がそうするよりも大変なんちゃうかなぁとは思う。 だから手記を出すのも仕方ないと思う。 ただし、出版の動機を 「たくさんの方に迷惑をかけたから、自分の言葉でお詫びしたい」 みたいな言葉で飾るべきではないと思う。 「お金がないので、生きるため、子供を養うため、他に手段がないので」 と言うべきだ。迷惑をかけた人に 『出版』 なんかでお返しができるわけがない。出版してる暇があったら、執筆してる暇があったら、一人一人の家に行って、チャイム鳴らして、頭を下げるべきだということは誰でもわかる。世間に 「反省している」 ということをアピールしたいのなら、それは間違ってる。 「反省している」 とアピールして、芸能界に戻ってこようと思ってるなら、なんか違うと思う。反省していること...

兄さんのiPadがiOS4.2にアップデートされて、夢、膨らんで。

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iOS 4.2 で可能になった事の感想まとめ(iPad編) http://applembp.blogspot.com/2010/11/ios-42-ipad.html iPhone / iPad  iPod touchやiPhone、iPadには 「iOS」 というOSが入っている。 「OS」 というのを 「脳みそ」 にたとえる人もいれば、 「指揮官」 にたとえる人もいるけれど、 「オペレーション・システム」 の略だと言えば、なんとなくわかるんじゃないかなぁといつも思っている。Windows 7やMac OS 10.6みたいなやつもOSであり、つまり昨今利用者うなぎ登り中の皆さんのお手元にあるiPhoneなんてのは、もはや携帯電話ではなく、ちゃぃちぃのコンパソなのであるよ。 アップルCEOスティーブ・ジョブズ さて、そんな 「iOS」 のバージョンが4.1から4.2にアップグレードした。 ちなみに、iPhone 4を手にしながら、 「なんで4なんだ?」 と首を傾げていたあなたへ。 iPhone 4の 「4」 はiOSが 「4.x」 だからだぞ! 全く、大丈夫かな。 ということで、今回iPod touch、iPhone、そしてiPadのOSがバージョンアップした。OSがバージョンアップすると言うことが何を意味するか、つまり 「できることが増える」 と考えて良い。 んで、iPad。誰も使てないiPadもその恩恵を受けている。 こういった情報はたくさんの人が拡散させておかなければ、のちにiPadを持つ人間が困るようになる。マイノリティの使命として、記しておこうと思う。 『iPadで新しくできるようになったこと》 記事によると、iPadでは下記の点が新しく追加された機能だそうだ。 ・ 『フォルダ』 ホーム画面での アプリ管理が楽 に ・ 『マルチタスキング』 アプリ間の移動が便利 に ・ 『AirPrint』 iPadから プリンタが無線 で ・ 『AirPlay』 iPadから Apple TVやAirPlay対応デバイス に ・ 『iPhoneを探す』 の無料化 ・ 『50音キー』 キーボードの追加 1) 『フォルダ』 ホーム画面でのアプリ管理が楽に iPadのホーム画面には、iPod touch、i...

田中誠の失言。

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『ASKA公演』 http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/music/mreview/20101111-OYT8T00584.htm 読売新聞社という由緒正しい新聞社のHPにて下記のような記事があった。 ASKA公演 多彩な歌唱 ソロでも実力 ASKA ソロ活動を行っているCHAGE and ASKAのASKAが、自らのラブソングをカバーした新作「君の知らない君の歌」の発表に伴う全国ツアーを行っている。 キーボードが2人いる6人のバンドを従え、ステージの主は冒頭からエネルギー全開。決して若くない観客も、総立ちになって手拍子を合わせていた。 絡み付くような独特の歌唱法は、じっくり聞かせるバラードに最も合うと思っていたが、「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」などのロックサウンドにも埋もれず、「天気予報の恋人」などポップスの中では軽やかに跳ねる。音程も正確で、改めて、力のある歌い手だと感じた。 ツアー初日のこの日は、歌と共に語りも絶好調。着地点を決めずに話し始めているに違いない素の語りが、会場の笑いを誘う。冗談好きな人だとは知っていたが、ここまで笑いの絶えないステージだとは思わなかった。 ありきたりのポップスでは飽き足らなくなったシンガー・ソングライターが、自らの創作欲を解き放ったような複雑な構成の曲を繰り出したかと思えば、新アルバム収録の「201号」「C―46」では、まるで短編のラブストーリーの世界に引き込む。 チャゲアスのASKAではなく、ソロ歌手ASKAとして、十分に戦えると手応えを得ているに違いない。(田中誠) ――10月30日、川口総合文化センター。 (2010年11月11日 読売新聞) ふむふむ、なるほど。 > 決して若くない観客 も、総立ちになって手拍子を合わせていた。 よっしゃ。おい、田中誠、 ちょっとこっちこい。 君の知らない君の歌 ASKA 曲名リスト 1. めぐり逢い 2. 好きになる 3. パラシュートの部屋で 4. B.G.M 5. MIDNIGHT 2 CALL 6. 明け方の君 7. くぐりぬけて見れば 8. Far Away 9. 201号 10. 君の好きだった歌 11. no doubt 12....

掘り下げて考える。

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インターネットニュースをサーフィンサーフィンしていたところ 、アメリカのカリフォルニア州で、女が八つ子を生んだというニュース を見た僕は 「えーまじかよーそれまじすげぇなー」 と戦慄きながらクリックにクリックを重ね、そのニュースの詳細を求めたのだけど、ほとんどわかんなくて、わかったことと言えば八つ子の内訳は男6人に対して女2人という事くらいだったのだけど、もうちょい調べてみると、八つ子の母は出産当初、 「七つ子だと思っていた」 らしくて面白いなぁと思った。七つ子だと聞いていて八つ子だったときの感情っていうのはどんななんだろう。 出産は帝王切開だったらしいので、割腹した孔から、医師がまるで玉入れの結果発表の時みたいに 「ひとーつ、ふたーつ」 言うて慎重に赤子を取り出してくる。自然分娩なら、母がその都度子供を抱いて泣いて 「生まれてきてくれてありがとう、ガッブレシュー」 とか言うて我が子にキスをしようにも、助産婆が次から次へと子供を手渡してくるので母は困惑し、 「ちょ、ちょ、待って、ホンマ、うほ、え?マジで?でへ、でへへへ」 みたいな嬉しい悲鳴を上げたいところだと思うけど、残念ながら帝王切開なので母は完全に気絶・沈黙しており、オペ室では赤子が淡々と引っ張りだされるというシーンが展開していたんだろうと思う。 んで、その時その場にいるスタッフ全員の認識として 「今日は七つ子が生まれる」 ってのがあったやろし、 「七つ子が生まれる」 っつったら、なかなかの大イベントなはずだから 「今日の帝王切開は七つ子かぁ」 みたいな変な高揚感を全員が持っていたと思う。そんな中、赤子引っ張り出し係のトーマス・マクマホン氏が自分で7人目を引っ張りだしながら 「ななーつ」 言うて、終わったと思ってガッツポーズした時くらいに、横目で腹腔内を見てみたら、そこにはまだ一人赤子がいる。 トーマス・マクマホン氏の思考からしたら、まぁまず 「あれ?」 ってなって、腹腔内を二度三度見て 「マジで?」 って言うて、んでから脇に立っている看護士、チャーミィ・チャーミング氏に 「わし今、何人まで数えたっけ?」 って訊くだろうなと思う。 んで、チャーミィ ─彼女は日頃からしょっちゅうマクマホン氏のセクハラ発言の標的にされているので、基本的にマクマホン氏に対して冷たい─ が 「セヴェン(7)」 っつって...

ル・トワレ・カタストロフ。

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あまり女性の方は知らないことなのかもしれませんが、女子トイレなんかを、おばはんがよく掃除しとるでしょ? 男子トイレの場合、そのおばはんがそのままやって来ます。 これはおかしいでしょう。なにをおばはんは普通に男子トイレに入ってきて掃除始めとんねん。逆を考えたらわかるやろ?っていうか、ぼくはむしろ逆の方、つまり女子トイレを男が掃除するのはそんなに大したことじゃないと思います。 だって、女性はみんな個室に入るわけで、個室に入ってりゃ問題ないわけで、おっさんはもちろん空いてる個室から掃除していきゃいいし、独自の男性的嗅覚で盗撮カメラを見つけて「あぁ、これはわたしたち女性にはわからなかった場所だわ、あーざす」となるかもしれんし、おばはんが掃除するより、むしろいいかもしらん。 しかし男子トイレではそうはいかんよ。個室なんてうんこにしか使わへんし、つまりそこでは日夜、男がチンコをむき出しにして、何からも守られることなく用を足しているのです。 ぼくら男性が望む望まざるに関わらず、ぼくらの大事なチンコは、もはやいつでもおばはんの手の届くところにある、そして一度始まった放尿を止めるのはなぜかむっちゃつらいから、万一おばはんがぼくが放尿を始めたのを見計らって「ほっほーん、これが貴様のチンコですか…」つって手を伸ばして来たら、ぼくはいやんいやんとケツを振るとかしかでけへんし、そんな些細な抵抗ではぼくのチンコはいずれおばはんの手中に収まるだろう、あかんではないか。 昔、ワダワーダワーダダ氏とスーパー銭湯に行ったとき、露天風呂を満喫して、さぁいよいよぼくたちが中に入るときが来たぜ!ってふざけながら建物に向かってたら、中へ入る扉を女が掃除していたんだけど、あれは確実に20代だったんだよ。ぼくらは恥ずかしくて、小走りになりました。 このように、昨今の女性からのセクハラは看過できないものがあります。議長。 & ↑ 2種類のランキングに参加中です。