10.24.2011

言葉は人を救わない。

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賢人達は皆、「言葉とは、どういうつもりで発したかではなく、どう受け取られたかである」と仰る。まさに慧眼、すげぇええこと言うなぁと思う。

僕には他人の発する言葉に対して必要以上に懐疑的であったり、深読みをしすぎる傾向があるため、「言葉」というものに対して平均以上に敏感であると自負している。「自負」の使い方が間違ってるような気がするけどもね。

さて、先に書いたとおり、「言葉とは、どういうつもりで発したかではなく、どう受け取られたかである」、蓋し正論である。
たとえば「あなたの言葉に勇気づけられた」と言われた場合、それは間違っている。言葉にはそんな力はない。もしもあなたが僕の言葉で勇気づけられたのだとしたら、それは僕の言葉に「力」があったのではなく、あなたに僕の言葉を「理解」し、そしてそれを「消化」し、その上で自分を奮い立たせるだけの「力」があったということでしかないのだと思う。

というのも、もし万が一、『言葉そのもの』に力があるのだとしたら、「薬」のような効能があるのだとしたら、世界中のどんな人でも救えるような「魔法の言葉」があるはずだし、誰がその言葉を口にしてもたちまちに相手を元気にさせることができるはずではないか?

しかし、実際は違う。

片想いの相手にフラれた程度の相手に「世の中そう言うこともあるよ」と言って、相手が「そうだよな」と元気になったとする。しかし、末期癌を宣告された人に「世の中そう言うこともあるよ」と言って、相手は「そうだよな」となるだろうか? ならないだろう。前者は、まだ心に余裕があり、相手の言葉に「聞く耳」を持ち、それを「消化する力」があり、自分を奮い立たせる「力」が残っているだろうが、後者にはまず相手の言葉に「聞く耳」がないだろうし、あったとしても、「それはそうだけど…」と消化できないだろうし、そもそも「お前にオレの何がわかるんじゃ」となるだろう。

言葉とは全て、「受け取る側」のモチベーションに依拠しているのである。

それなのに、世の中には「発する側にイニシアティブがある」と信じて疑わない人がいて、そういう人たちがいるせいで、たくさんの「嫌な言葉」というのが生まれている気がする。

例えば、「オレは、お前のためを思って言っているんだよ」だとか、「心を鬼にして」だとかがそうであると思う。

「お前はオレのことを思ってくれてるのかも知れないけれど、オレはお前に、オレのことを思ってもらいたいと思わない」と思うことが多々ある。「心を鬼にして」と言われると、「オレのせいでお前が苦労してるみたいな感じになってるの?」と思う。

自殺を考えている人に、「生きてればいいこともあるさ」という言葉があるが、「それはお前の主観だろう」と思う。死のうと思っている人は、そもそも「生きていても良いことはない」「死んだ方が良いことがある」と判断したから自殺を考えるのである。自殺ナメんな、と思う。

「頑張れ」とか「ちゃんとせぇ」とかも随分曖昧模糊としていて好きではない。

今回のこの件について、何を、どういう風に、どうこなしていくことが『頑張る』になるのか教えて欲しいし、『ちゃんと』っていうのはいったい何をどうすることを指しているのか、そう言った説明責任を一切無視して「ちゃんとして頑張れ」と平気の平佐で言うてくる人間のいかに多いことか。


言葉は人を救わない。


その人が救われたと思ったとしても、それは、その人にまだ自分で立ち上がれるだけの力が残っていたからである。

同様に、「言葉は人を傷つけない」とも思う。確かに、配慮の足りない、無慈悲な言葉で傷つく機会は多いかも知れない。しかしそれも、相手との関係であったりしないだろうか。「この人には何を言われても良い」と思えるほど、相手を信用していれば、少々の言葉に傷つくことはない。けれど、「お前には何も言われたくない」と思っている相手からの言葉であれば、「今日は良い天気だね」という言葉さえ不快に思えるかもしれない。

言葉は人を救わないし、言葉は人を傷つけない。言葉は単なる「きっかけ」でしかない。辛辣な言葉を受けて、傷つくのも受け流すのも、相田みつをの言葉を読んで、救われるのも唾棄するのも、全ては受け手の裁量なのである。

言葉を発する側は驕ってはならないし、言葉を受ける側は相手のせいにしてはいけないのである。
そして発する側も、受け取る側も、全てを「言葉のせい」「言葉のお陰」にしてはいけないのである。

人を傷つけてしまった人は、言葉のせいにするのではなく、自分と相手の関係において、あの言葉は適切だったか、自分は相手にあの言葉をかけられるほどの信頼があったかを、関係性を反省するべきだと思うし、言葉で救われた人は、言葉に感謝する暇があったら、立ち上がることができた自分自身を褒めてあげて欲しいと思う。

昨今、名言集みたいなのが流行している。言葉が持ち上げられている。上記の理由から、僕は少し違うなーと思うのである。

少し違うなーと思いながらも、この「言葉は人を救わない」という言葉が名言集に載らないかなーってちょっと思ってしまってる自分もいるので、そういう煩悩まみれの僕は明日にでも白装束に身を包み、滝に打たれてこなければと思っている。



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10.07.2011

東京が、攻めてくる。

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通っている職業訓練校に、夜場さんという方がいる。55歳で、以前は繊維系商社にお勤めで、上海に9年住んでいらっしゃったのだけど、僕は夜場さんと喫煙所で和談するのをとても楽しみにしている。
この方の話はとにかくおもしろいのである。ものすごくおもしろい。こんな55歳になりたいと心から思うし、会社勤めの時、この人が上司だったら、僕のサラリーマン生活も変わっていたかもしれないとさえ思う。まぁ、上司のせいにするのはよくないが。

この方には、持論がある。持論はあるのだけれど、年齢が半分しかない僕の意見にもきちんと耳を傾けてくれる。たぶん、知識欲が豊富な方なのだろう。若輩の意見に対しても「あぁ、そうか、そういう考え方があったかぁ」と共感してくれるし、意見が食い違っても、年齢にかこつけて頭ごなしに否定するようなことは絶対にしない。

今日、そんな夜場さんと、神戸についての話をした。僕も夜場さんも神戸に住み、基本的に神戸を愛している。僕は神戸が好きだ。独特の雰囲気があって、地方都市だけれど、全国区の知名度がある。「兵庫県」という県名よりも「神戸」という市名が先に出てくるのは、横浜か神戸ぐらいのものじゃないかという手前味噌な認識がある。

ということで、僕はそのとき、夜場さんの前で神戸を絶賛していた。神戸愛について熱弁していた。夜場さんも同じく、神戸を愛する人であるので僕の話をうなずきながら聞いてくださっていた。

しかし、その雰囲気が少し変わった瞬間があった。それは僕が「神戸は、東京へのあこがれみたいなものが薄くて、地方都市としても自立しているのが誇らしい」という話をしたときである。僕は神戸に対し、そういう認識を持っていた。

夜場さんは「でもね」と言って、このような話を切り出した。

かつて、神戸に限らず、地方都市は、どこでもそれなりに自立していて、その土地その土地ならではの特色があった。しかしそれがある時期を境に、変わっていった、地方都市が東京にお伺いを立てるようになり、地方都市の「独自性」が失われていったと思うと夜場さんは言うのである。


そして夜場さんはこう言った。

「ある時期」というのはね、『新幹線が通ってから』なんだよ、と。


新幹線が開通して以来、地方都市の独自性が、すべて東京に奪われていったと夜場さんは言う。その昔、神戸や大阪に本社を置く企業はとても多かった。大手7大商社のうち、東京に本社を置く会社はせいぜい2つほどで、伊藤忠を始め多くの商社の本社は関西にあった。また、松下電器やサントリーなど、関西発の大企業も多かった。でも、今は全部が東京に行ってしまった。大阪の伊藤忠ビルなんてひどいものである。

その元凶が、新幹線が来たことじゃないかな、という意見なのである。

昔の地方出張は宿泊が当たり前だった。でも今は、21時に出張業務が終わっても、新幹線で東京に帰ることができる。そうすると、観光産業的にも地方にお金が落ちにくい。そういう意味でも、新幹線が東京だけにお金を運んでいると言えるような気がするし、東京発のチェーン店が、地方都市の地元の飲食店を軒並み飲み込んでいるのも、見ていて残念だと思う。

という話であった。夜場さんが指摘する、神戸が変化した時代、僕はまだ中学生か、もしかしたらそれ以前のことなので、当然リアルタイムでは知らないのだけど、それでもこの意見を聞いたとき、そういえば僕も昔、神戸にがっかりした経験があったのを思い出した。

あるとき、僕は久しぶりに神戸一番の繁華街、三宮(さんのみや)に遊びに行って、そしてなんとなく落胆したのである。

好きだった個人経営の喫茶店がつぶれて、全国チェーンのカフェに変わっていた。味のある居酒屋が和民になっていた。レトロ感あふれる公衆トイレが改修されて、没個性的なトイレになっていた。

神戸は突然、激烈に変化していたのである。

当然新幹線はもう開通している。ではなぜか。

実はその頃、神戸に、神戸空港が開港したのである。

神戸空港が完成し、たくさんの人を神戸に誘おうとなったとき、神戸はなんとなく没個性的になったような気がした。画一的なカフェ特集の雑誌に掲載されている、個性的ではないインテリアの飲食店が増え、歴史的な、レトロ感のあるお店は次々に淘汰されていった。テレビで見たことのある「東京のお店みたいなお店」が山のように増えた。
反対に、東京に「大阪発」だとか「神戸発」というような店が増えたというニュースをテレビで見るようになった。いつしか、大会社の本社はすべて東京にあるような錯覚に陥り、たまに「大阪本社」だとか「神戸本社」というのを聞くと、物珍しさを感じるほどになった。

こういった印象を、夜場さんは新幹線の開通で、僕は神戸空港の開港で、感じたのである。

新幹線や高速道路、空港網が整備されればされるほど、東京の人たちは日帰りで地方を訪れることができるようになった。東京の文化は簡単に地方に輸出できるようになった。地方都市の中で独自に成長していた文化よりも、テレビや雑誌で取り上げられる、東京の最新の文化こそがイケてるという認識が広まり、東京文化がもてはやされるようになった。かつては、宿泊するのが当然だった観光地も、宿泊する場所ではなく、日帰りで手軽に通り過ぎることができるようになり、旅館は集客に苦慮するようになった。

上海に9年駐在していた夜場さんの話では、今、中国でも同じことが起こっているのだという。

上海万博だの、昨今の経済成長だので、今、中国では交通網が急速に整備されているのだけれど、そのせいで地方都市のアイデンティティが危機に瀕している。
たとえば上海から少し離れたところに、蘇州市という街がある。歴史的にも様々な味のある建造物がある観光地だそうだ。また『蘇州夜曲』という名曲のテーマになった街でもあるのだけれど、この街ではずっと、蘇州語という言語が話されていた。中国には様々な言語があり、地域によって話す言語が全く違っている。それもひとつの文化であった。
しかし、交通網が整備されて、街同士が近くなったことで、たくさんの上海人が蘇州を訪れるようになった。

その結果どうなったか、現在、蘇州市での言語は、上海語が標準語になったし、それだけでなく「蘇州市」という名称さえも危うくなり、「蘇州地域」「蘇州区」というような扱いになりつつあるのだそうだ。

話を戻そう。交通整備のせいで、新幹線のせいで、地方都市の独自性が失われていて、地方都市に落ちていたお金が落ちなくなったという説を夜場さんがぶちあげたのである。

この説はとてもおもしろいと思う。

というのも、田中角栄の時代から、地方に新幹線を引くことは、地方のために重要な政策であると考えられていた。東北新幹線ができたことで喜んだ東北地方の方は多くいらっしゃったと思う。

しかし、新幹線は人を運んでくるだけでなく、その人をもれなく連れて帰る、またお金も連れて帰る。交通網は、首都の文化を地方都市に広め、地方都市ならではの文化は東京に持ち帰られ、東京的にアレンジされ、「東京の文化」と同化される。

「新幹線は東京をつれてきて、お金と文化を連れて帰る」

夜場さんの説は、つまりこういうことである。

のであれば、気になるのは先頃開通した九州新幹線である。

九州新幹線が開通したことで多くの九州人は喜んだと思う。「新幹線が地方にまで伸びる」というのは、良い現象だと信用されているからだ。もちろん、良いことだ。たくさんの、今まで九州に足を運ばなかった人が遊びに行けるようになるのは悪いことではない。

でも、その反面、九州新幹線によって、九州の南端へ出張しても、日帰りで帰れるようになってしまうのではないか。するとお金は落ちず、文化は吸い取られていってしまうのではないか。

神戸市が没個性的になっていったように、福岡市も同じ憂き目に遭いはしないだろうか。

乱暴に言えば、新幹線が伸びると、それに乗って東京が攻めてくる。新幹線を信じることが必ずしも良いことではないのかもしれない。

夜場さんのそういう認識はおもしろいなと思った。
もちろん、こういった会話は喫煙所の他愛のない和談である。
だからといって、アンチ新幹線を唱え、JR本社の周りを旗を持って歩き回ろうなんて腹はない。

大切なのは、「こういった発想ができること」だと思うのである。
与えられたものを、盲信するのは簡単だ。そして、極端にアンチになることも簡単である。あら探しをすれば、誰だって簡単にアンチになれる。

難しいのは、「あれは確かにいいことだけど、ひょっとしてこういう問題点があるんじゃないか?」という発想である。

信じながら疑い、疑いながら信じる。

そういったポジショニングが、喫煙所の他愛ない談話であっても、興奮を生むのだと思う。楽しい話をするというのは、こういうことなのではないかと思った。

明日も夜場さんとの会話が楽しみである。楽しすぎて、つい煙草の本数が増えてしまうのが難点なのだけれど。



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