12.29.2010

神戸市某地区で最も栄誉ある音楽賞、ヒロニー賞2010発表。

Check  
今回は、ヒロニー賞2010の発表を行いたいと思います。
ヒロニー賞は、今年1月1日以降に僕のパソコンに追加された曲の中から、年間を通じてiTunesおよびiPodでの再生回数の最も多かった楽曲に贈られるという、神戸市灘区某通における最大の音楽賞です。

受賞資格は下記の通りです。
1)ひろ兄のパソコン(iTunes)に入っていること。
2)追加日が2010年であること(発売日が2009年以前でも追加日が2010年以降であれば受賞資格有り)
3)プロ、アマ問わず。
早速発表に移りたいと思います。本場グラミー賞とは違い、ヒロニー賞はランキング形式でベスト10をお送りいたします。

それでは、参りましょう。

第10位:Telephone - Lady GaGa & Beyoncé

【再生回数:127回(6月12日 追加)

《寸評》
今年はレディー・ガガとの出会いで明けたような気がします。まぁ、ちょっと遅いですけど。というのも、レディー・ガガ登場当初、僕は斜に構えていて、「イロモノみたいなもんやろ」とむしろ嫌悪感を持っていたのです。しかし、きっかけがなんだったのか忘れてしまいましたが、この、『Telephone』という曲のPVを見た瞬間、体内を電撃が走ったことを今でも覚えています。レディー・ガガはブル中野とかダンプ松本とかアジャコングに似て、わざとヒール感出してるところがありますが、まだ若いからでしょうか、今ひとつヒールに徹し切れていない「雑さ」があります。マドンナに憧れているそうですが、ライブパフォーマンスは「マドンナの劣化版」といった感は否めません。しかし、自ら「Haus of Gaga」という一流のクリエイター集団を率いて、ビデオクリップに並々ならぬ情熱を注いでいる点は評価できます。この『Telephone』もビデオクリップの再生回数が95回ととても多く、これを音楽再生数に加算した場合はもっと上位を狙えたぐらい、「ビデオを楽しめた楽曲」であったと言えます。

ちなみに、今年は「マドンナにハマった年」だと自覚しているのですが、マドンナの最高ランクは20位でした。

第9位:EMI - 寺子屋

【再生回数:129回(11月17日 追加)

《寸評》
RADWIMPSの野田洋次郎が愛用していたスタジオTerraが閉鎖される際にスタジオに感謝の意を込めて有志を集めて作った楽曲です。元イエモンの吉井和哉やギタリストの西川進、ACIDMAN、the telephones、フジファブリック、ストレイテナーからホリエアツシが参加しています。「えみーぃーえむぁーい」っつう言い回しなんかが、野田洋次郎くさいなぁと思います。ちなみに恋人の三葉さんは、「一回終わったと見せかけて、また始まるところらへんが野田洋次郎っぽい」と言っています。僕と出会う前はRADWIMPSの「ラ」の字も知らな方くせに、いっぱしの口を効いて、偉くなったものです。
さて、ここで注目していただきたいのは追加日。この曲、なんと今年の11月中旬に追加されたにもかかわらず、たった1ヶ月半で怒濤の追い上げを見せているのです。年史に追加され、1年間この勢いをキープし続けていれば、首位も狙えたのではないでしょうか、いや、それはないか。最近全然聞いてないもん。

第8位:Misery - Maroon 5

【再生回数:139回(9月30日 追加)

《寸評》
僕は元々「Maroon 5のビデオクリップはボーカルが女とキスしたいがためだけに撮影されているから好きじゃない」と言い続けており、この曲にも女が登場しているという噂を聞いていたので、どうせクソみたいなものなんだろうと思って見てみたら、なかなかどうして、曲が良い。「とぅるるるるっとぅっとぅ〜」という部分なんかは、モロにツボですね。僕は音楽をアルバムで聞く人間ではないです。一曲の、その中でも一カ所、モロなツボがあると完全にハマってしまうタイプの聞き手です。こういう人間を、世間では「ミーハー」と呼ぶそうです。
ちなみに、この『Misery』が入ったアルバムの『Stutter』という曲もその手の「ある一カ所がモロにツボな曲」です。


第7位:携帯電話 - RADWIMPS

【再生回数:159回(6月29日 追加)

《寸評》
2010年、RADWIMPSが発表した2枚のシングル『携帯電話』『マニフェスト』のうちの1曲です。ちなみに『マニフェスト』は圏外です。ほとんど聴いていません。あの曲は全く好きじゃないです。三葉さんも「この曲はイマイチかなぁ」と言っていました。 僕と出会う前はRADWIMPSの「ラ」の字も知らな方くせに、独りで大きくなったつもりなのでしょうか。
ちなみにこの曲も僕にとっては「一カ所がモロにツボな曲」で、ツボ点は「見えもしない〜、聴こえもしない〜」のところです。

第6位:Impacto (Remix) - Daddy Yankee feat. Fergie

【再生回数:168回(6月12日 追加)

《寸評》
ダディ・ヤンキーと言えば、かつて「ガソリーナ」という曲で日本でも話題になったレゲトンです。ちなみに「レゲトン」の意味はわかりません。ヤバトンとは違うんじゃないでしょうか。大切なのは「フィーチュアリング」の部分で、ダディ・ヤンキーの単体であれば入賞はおろか、パソコンに追加もしなかったでしょう。
この曲、タイトルに「(Remix)」とあります。文字通り、リミックス版でして、そこにブラック・アイド・ピーズのファーギーが参加しているのです。申し遅れましたが、2010年は僕にとって「ファーギー応援強化年間」でして、様々な場面で様々な人にファーギーの魅力を語り、見せ続けた1年間でした。そんなファーギーが既婚であるというのは、なんだかやるせないです。離婚してくれとは言わないですが、ナンボか支払って欲しいです。
この曲ハマったきっかけは、やはりビデオクリップです。しばらくの間、ビデオクリップは持ってるけど、曲は持ってない期間があったくらいです。この曲のビデオクリップは別に格好良くないですが、あるシーンで、全身真っ白で露出度の高い服を着たファーギーが、左指の人さし指を噛みながら、右手をヒラヒラ振るという仕草を見せています。この仕草の意味は全然わかりませんが、僕はこれに釘付けになりました。入賞の理由は「ファーギーの指噛み」でしょう。ビデオクリップではなく、曲を聴いてるときも、指噛みシーンのときは、いつもファーギーが指を噛んでいるところを想像していました。


第5位:ハイパーベンチレイション - RADWIMPS

【再生回数:189回(6月29日 追加)

《寸評》
7位ランクインの『携帯電話』のカップリング曲です。
段々寸評を書くのが面倒になってきたので手短にすましますが、この曲も「ある一カ所がモロにツボな曲」で、僕の中で数多ある「ある一カ所がモロにツボな曲」の中でもこの曲は真に「ある一カ所がモロにツボな曲」であると言えます。というのも、この曲を聴いているとき、その「ツボ部」を過ぎたあと、途端に聴く気が萎えるという現象が(僕の中で)多発したのです。ツボ部は「Think of other possibilities」という歌詞のところのメロディラインで、かなり前半なので、後半はけっこう聴いててつらいです。

第4位:やどかり - RADWIMPS

【再生回数:191回(6月29日 追加)

《寸評》
7位入賞の『携帯電話』と同時発売された『マニフェスト』はクソだったのでほとんど聴いていないという話は先ほどしましたが、この『やどかり』『マニフェスト』のカップリング曲です。つまり、僕は今年、RADWIMPSが出したシングル2枚のタイトル曲より、カップリングの方をよく聴いたということになります。というか、この曲に関しては、『やどかり』がタイトル曲、『マニフェスト』がカップリングの方がバランスよかったんじゃないかなぁと思います。
さて、そんな『やどかり』ですが、RADWIMPS史上でも「名曲」と言われている『謎謎』と同じ匂いがします。とにかく歌詞が素晴らしい。
疲れているあなた、年末年始の休みの間に、グダグダ酒でも呑みながら、この曲の歌詞を堪能してみて下さい。あと、メロディラインが童謡みたいにわかりやすく、受け入れやすいのも、この曲の入賞に一役買っていると思います。

第3位:future nova - school food punishment

【再生回数:273回(5月9日 追加)

《寸評》
僕はこのバンドについては何も知りません、何人組なのか、はたまたソロなのかも知りません。この人(たち)の曲はこれしか知りません。ただ、本当にこの曲はよく聴きました。この曲は、映画『劇場版 東のエデン2』のオープニング曲で、僕はこの5月、ふいにアニメ版『東のエデン』にどハマりし、『劇場版 東のエデン1』をDVDで見終わった、その足で21時上映の劇場版2を見に、寝癖も直さず梅田を目指したのです。2日で全てのアニメと1本目の映画を見終わっている僕が興奮しっぱなしで映画館に入り、ワクワクしまくっていたのですが、そこにこの曲が流れてきて、一気に心移りし、映画の内容もそこそこに「早くエンドロール見せろ、早くオープニング曲のタイトル教えろ」という気持ちになってしまっていました。
お陰で映画の内容はほとんど覚えていません。

第2位:Not Afraid - Eminem

【再生回数:310回(5月4日 追加)

《寸評》
華々しくデビューをし、『Marshal Mathers L.P』『EMINEM SHOW』『ENCORE』などのアルバムで一世を風靡、「世界一のラッパー」と呼ばれて以降、離婚→裁判→再婚→即離婚→睡眠薬依存→療養施設入院→薬物依存をネタにした曲ばかりのクソみたいに単調で暗いアルバム『Relapse』(悪性腫瘍や病気の「再発」という意味)をリリースという、絵に描いたような転落人生を歩んでいたエミネムが『Relapse』の次にすぐアルバムを出すと言い出して、そのタイトルを『Relapse2』と言うていたときは、「わかった…もう、別れよう」と僕はエミネムとの別れを決意していたのですが、ある日、EminemがTwitterで『Relapse2』はゴミ箱に捨てたぜ」と呟き、一週間後にリリースされた『not afraid』、つまり「怖れるな」というタイトルと、その曲調を聴いたとき、「わかったよ、もう一回、信じるよ」と独りパソコンに向かって呟いたのを今でも覚えています。その後リリースされたのは『Relapse2』、つまり「再発」ではなく『Recovery』、つまり「復活」だったのがとてもドラマティックでした。

ただ、この曲のビデオクリップはウソみたいにセンスないです。最後、エミネム兄さん、空飛びよるさかいに。


さて、2位までを長々とご紹介してきましたが、ついに栄えある第1位、つまりヒロニー賞2010の発表です。

今年1年、ひろ兄が一番たくさん聴いた曲、第1位はこちらです!



第1位:Because - 菅野よう子 × 手嶌 葵

【再生回数:344回(4月8日 追加)
《寸評》
この曲は本当によく聴きました。ずーっと聴いてました。僕は、眠りに難があるので、寝る前にいつも音楽を流しており、寝るときにうってつけの曲ばかり集めたプレイリストも作っていて、そこにこの『Because』が入っていました。これは大きな勝因です。一時はほぼ毎晩、僕が起きている間だろうが、寝てしまっていようが、必ず『Because』は再生されていたわけです。そこで再生回数を稼いだと言うと聞こえは悪いですが、そういう一面もあります。
ちなみにこの曲は、小栗旬監督の『シュアリーサムデイ』とかいう映画に使われている曲なのだそうです。どおりで「映画CM音楽の女王」こと菅野よう子が絡んでいるわけです。ちなみに「映画CM音楽の王」は僕の中では久石譲ですが、たぶん皆さんの中でも久石譲でしょう?


ということで、今年のヒロニー賞2010は『Because』が獲得しました。
皆さんはどうですか? iTunesで音楽管理をしている方は、スマートリストを作成し、『追加日』『2010/01/01』より『後』である」『メディアの種類』『ミュージック』である」、選択方法を「再生頻度の最も高い項目」としてみてください。今年一年を振り返るのに良いかもしれませんよ。



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12.17.2010

処刑人Ⅱがメチャメチャ面白かったことをここに報告しておきます。

Check  
『処刑人Ⅱ』がとても素晴らしかった。トロイ・ダフィー監督はパート1から10年経ってこの『処刑人Ⅱ』を制作したのだけど、監督自ら「この10年、この映画のお陰で食ってこれた。パートⅡはファンへの恩返しだ」と言う通り、パート1のファンにはたまらないストーリィになっていた。ユーモアのセンス、アクションシーンのかっこよさ、そして名物となった、「捜査官の謎解き」の方法も健在で、とても10年経った作品とは思えなかった。ナメてた。「どんな映画でもパート1が一番面白い」説を盲信してしまっていた。ごめんね、トロイ。この映画のいいところは、たとえばアクションシーンはかっこいいのだけれど、ガイ・リッチーみたいに「かっこええでっしゃろ?」みたいな、露骨な表現をしない。「セインツ」と呼ばれる兄弟は、法で裁けない犯罪者を殺していく『処刑人』となって、マフィアを次々と始末していく。その度に兄弟は作戦を立てるのだけど、この作戦がもう、なんというか、杜撰極まりなくて、時々ビックリするぐらい失敗する。そういうダサいシーンがユーモアになり、また、逆に作戦がバッチリ決まったときのアクションシーンを盛り上げるのである。映画ってこれぐらいの杜撰さと、ここまでの勢いがないと面白くないよなぁと思わせてくれる作品だと、僕は思う。

『処刑人Ⅰ』予告編


『処刑人Ⅱ』予告編


で、もともと7年前ぐらいに僕がこの映画にハマった一番のきっかけは、パート1のオープニングシーンと、そこに流れるケルト音楽"The Blood of Cu Chulainn"に一気に魅了されたからで、この曲が入っているCDが欲しくて探し回ったのだけど、当時、アメリカで銃の乱射事件があったかなんかで、サントラが発売されていなくて、もちろん日本でも売ってなくて、僕は映画のエンドロールに書いてあったタイトルをヒントにいろんなチャットサイトに飛び込んでは、アイルランド人に声をかけ、CDを持ってないか聞いて廻った。最終的に、あるアイルランド人がCDを持っていることがわかり、彼と必死に拙い英語交渉をして彼のCDを譲ってもらったという経緯がある。

"The Blood of Cu Chulainn"『処刑人Ⅰ』のオープニング 3:09〜6:50あたり)


そこへきて、今回の『処刑人Ⅱ』はサントラがきちんとリリースされ、さらに23曲目に"Blood of Cu Chulainn 2010"という曲が収録されていた。また、映画の中で、この"Blood of Cu Chulainn 2010"が流れるのが、友人を殺されてしまったことで戦意を喪失していた「聖人兄弟」の夢の中に、パート1で大活躍し、死んでしまった愛すべきロッコが現れて、彼らを激励し、奮い立たせるというシーンなのである。

そのシーンがこちら


パート1を思い出させるシーンでパート1のオープニング曲のアレンジバージョンを流すという粋な計らい、トロイ・ダフィーはやりおる、やりおる。これはパート1も含めてBlu-Rayを購入しなければならないなぁ。

"Blood of Cu Chulainn 2010"


好きな映画の10年ぶりの続編が、何も変わってなかったことは本当にうれしいし、監督及び制作者側が、ファンが何を望んでいるか、とか、どういう部分がウケたのかをしっかり把握しているということになる。

トロイ・ダフィーの今後の作品、見逃せないじゃないか。



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12.16.2010

語り合えない感動の話。

Check  
『SAW』という映画がある。名前ぐらいは聞いたことがあるかも知れないし、それに伴って「めっさエグい映画だ」という評判も聞いてるかも知れない。

『SAW 1 予告編』

ちなみに僕は、映画の予告編を集める趣味があって、この予告編の最後の「SAW...? SAW...」ってところがメッチャ好きだぜ。

この映画、確かにとてつもなくグロテスクである。人が切り裂かれ、撃ち抜かれ、爆破され、破裂する。そのグロテスクさは評判となり、その評判のあまり映画を観てないという人が多い。ただ、ストーリーとして、とてもよくできているのである。『SAW』はシリーズ7作で完結するのだけれど、まぁだいたいこういうシリーズものというのは「1」が一番よくて、それ以降惰性で続いていくというのがジンクスみたいになっているし、『SAW』に関しても、「1が一番よかった」という評判を聞くこともあるが、僕はそれには首を傾げざるを得ない。

というのも、この映画は「1」とか「2」とかついているけれど、7作全てでようやく「1作」なのである。「1」は始まりでしかなく、何も解決していない。それを「一番よかった」と言いたくなるのは、単に、あのグロテスクな描写、極限まで追いやられた人間が、最後あんなことまでするのかという「驚き」に騙されているだけだと断言したい。実際、『SAW』のグロテスクさは回を重ねるごとにひどくなっていくし、回を重ねるごとに徐々に明らかになっていく謎や、明らかになったと思った解が間違っていたりと、クオリティは確実に上がっている。「1」「2」以降へのイントロでしかないのである。

しかし、この感動を分かち合える人間が周囲にいない。
誰も『SAW』を観ていないのである。「1」については、まだ「密室に閉じ込められた二人の男性と、真ん中に死体」というキーワードが辛うじて通じるが、例えば、僕が個人的には一番好きな「3」や次に好きな「5」などに関しては、もはやそんな映画、昔あったよね〜と、認識もしてもらっていない状況である。


たしかに、グロテスクが苦手だという人の気持ちはわからないでもないし、そういう人に「そういうシーンは目をつぶってたらいいから」と言ってしまったら、最初から最後まで目をつぶってもらわないといけなくなるし、たまたま僕は、人肉が引き裂かれたり破裂したり溶け出したり、血しぶきが飛び散ったり、頭蓋が粉砕されて脳髄が飛び散ったり、ギロチンが振り子のように振り下ろされて腸が吹き飛ぶシーンを観てもあんまりなにも思わない。これが幸いなことなのかどうかは別として、だからストーリーを楽しむことができている。

だからこそ、「ちょっと見てみよかしら」と彼岸と此岸で揺れてらっしゃる方は是非此岸に引きずりこみたいのである。
どうか、下記動画を見て、もう一度考えてみてもらいたい。

※下記動画は予告編などなので、グロテスクなシーンはほぼキレイにカットされてます。


『5分でわかる! ソウ集編 ザ・ファイナル 2D』


『映画『ソウ ザ・ファイナル 3D』予告編』


さ、来年3月に発売されるという『ソウ ザ・ファイナル 3D』をみんなで楽しみに待とうじゃないか?

ちなみに、『ソウ ザ・ファイナル 3D』には、LINKIN PARKのChester Bennington(チェスター)が出演してるぞ! ほら、LINKIN PARKファンの皆さん、どうぞこちらへ。。。



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12.10.2010

Coldplay - Christmas Lights

Check  


癒されるなぁ。Coldplayは本当にすごいなぁ。
優しい音楽を作るなぁ。



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12.05.2010

人生を笑え。

Check  
だいたいこういうことは森博嗣が言うてた気がするので、確証はないけども、森博嗣の言葉に、こんな感じのものがある。

「人間は確かめながら怒り、確かめながら泣く、でも笑うときは確かめない」

つまりは、例えば怒り心頭、怒髪天を衝いてるような状態において、人間はどこか冷めた部分で「あー、オレ今怒ってるなぁ」と自覚していたり「これ、もうちょいデカい声でもいっぱつ怒鳴っとこかいな」とか、逆に「ここはいっちょ、いきなり沈黙を決め込んで、相手に不気味感を与えたろかいな」とかを確認しながら怒っているということであり、感情の100%が純粋な、澱みない、一番搾りの『怒り』に支配されるようなことは決してなく、ある程度の冷静な自分が、少し離れたところから冷めた目で見ている。泣くときも「あー、オレ今泣いてもてるわぁ」とか「やばい、左の鼻の穴から鼻水出かかってるなぁ」とか「さりげなくティッシュで鼻をかむにはどないしたらいいかなぁ」という阿呆を考えてしまっている自分がある程度存在しているため、純度100%の、屈託のない、雲ひとつない『泣き』なんてことはなかなかできたものではない。
しかし『笑う』ときだけは別なのであると、氏は言うとるんやと思う。確かに爆笑してる最中に「家のガスの元栓切ってきたかしら」とか「貯金額が家賃に足りないのだけど、手の打ちようがないなぁ」などと考えてる人はいないだろう。

人間、笑ってるときだけは感情の色を100%、無地の、混じりっけなしの、『笑い』に染め上げることができるのである。
で、僕にはこれが単に現象を言い当てているだけの言葉であるとは思えないのである。
笑ってるとき、人間は『笑いの化身』『ワラシス』になることができるし、ワラシスには他の感情が入る余地がない。ワラシスは『笑い』で満席なので、ワラシスにストレスを与えることは難しい。爆笑が止まらず「えぐっえぐっ、ぐふふふひひひひひーひーひひー」となっとるワラシスに「世界には食べたくても食べられない人がいるんだよ」と諭してもダメ。ワラシスは『笑い様でご満席』だから、そんな言葉を受け入れるスペースもなければ、そんな言葉を理解できる冷静な思考経路も働かない。
考えようによっては、ワラシス状態は対精神用ストレスに『満席』『阿呆』という2枚壁で立ち向かう『免疫』となってるんじゃなかろうか。
笑うことは大切である。上記のような『免疫機能』はもちろんのこと、なにより笑ってると、ほら、やっぱ、なんつうか…

楽しいもんな。

僕もワラシス・トランスに陥りたいものである、確かめずに爆笑して、鼻水たらしながら、大声張り上げてるワラシスのように。


ところでワラシスって誰ですか?


12.01.2010

Choo Choo Trainのオープニング元ネタ。

Check  
ZOOでもいいし、EXILEでもいいけど、『Choo Choo Train』という曲があって、そのオープニング部分の元ネタが判明したというブログを見つけたのだけど、残念ながら動画が削除されていて再生できなかった(『須田英之の独り言』さんより)

とりあえず、その問題のラップ部分をEXILEバージョンで確認してみる。



この

「ちゃーげぞれべれけのーべちゅっぎっぽーんでっきっぽんっぺっせろん、ちゃーげぞれべれけのーべちゅっぎっぽーんでっきっぽんっぺっせろん

の部分なのだけど、実は元ネタはD-Trainという人の『Keep On』ちう曲のサンプリングだったんだという。

『Keep On』─ D-Train

(※たぶん該当箇所から始まるようになってます。)

さらに、この『須田英之の独り言』さんのエントリーについたコメントによると、あの伝説のラッパーThe Notorious B.I.G.『Sky's The Limit』という曲のサビにも使われてるんだって。なんか、サンプリングって……なんなんだろう、どうもずるい感じがあるんよなぁ。

『Sky's The Limit』─ The Notorious B.I.G.




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11.29.2010

犯罪者や加害者が出版する不思議。

Check  
のりピー出版 薬物→逃亡→拘置所綴った
http://bit.ly/hMAAnd

よく、何かしら事件を起こした当事者や殺人を犯した加害者の家族が手記を出すことがあって、その度に「金儲けか!」と激怒する短絡思考の人がいる。僕も昔はそういう風に考えていたのだけれど、あれって色々と事情があるんやね。
例えば、加害者や加害者の家族が手記を出す理由、これは賠償金の支払いのためでもあるんだそうな。手記を出版して印税でも手に入れないと、被害者や被害者の家族に賠償金を支払えない。だから、物凄い罪悪感を抱えながら、世間から「金儲け!」と揶揄されながらも、歯を食いしばって手記を出すんだってね。

酒井法子も、生きていくためにはお金がいるし、子供も育てていかないといけない中、今は全く仕事もないだろうし、手記の印税に頼るしかないんだろう。もちろん、「バイトせぇ」とか「仕事のない中で必死に子供を育ててる親もいる」とか、まぁ色々意見はあるだろうし、それもまた正しいとは思うけど、例えば酒井法子がスーパーのレジ打ちの面接に来たとして、んなら店長はまず「んわ!のりピーやんけ!」となるだろう。んで、履歴書見せてもらって、賞罰の所に「覚醒剤不法所持」みたいなこと書いてあったら、やっぱ雇えない。一般人なら、生きるため、賞罰の欄を空欄にして履歴書を出すこともあるかも知れないけれど、酒井法子にはそれはできない。

どこに就職するにしても、どこでバイトするにしても、酒井法子は酒井法子であるがために、一般人がそうするよりも大変なんちゃうかなぁとは思う。
だから手記を出すのも仕方ないと思う。

ただし、出版の動機を「たくさんの方に迷惑をかけたから、自分の言葉でお詫びしたい」みたいな言葉で飾るべきではないと思う。「お金がないので、生きるため、子供を養うため、他に手段がないので」と言うべきだ。迷惑をかけた人に『出版』なんかでお返しができるわけがない。出版してる暇があったら、執筆してる暇があったら、一人一人の家に行って、チャイム鳴らして、頭を下げるべきだということは誰でもわかる。世間に「反省している」ということをアピールしたいのなら、それは間違ってる。「反省している」とアピールして、芸能界に戻ってこようと思ってるなら、なんか違うと思う。反省していることを伝えるべきなのは、世間一般ではなくて、自分が本当に迷惑をかけた相手であり、それを伝えるためなら『出版』なんて必要ない。

きれいな言葉で修飾するのではなく、「生きていくためにお金が必要で出版を決意した」と言い切れなければ、たぶんこの人はまた同じことをするなぁと思う。

…というようなことを考えながらここまで書いてきて思ったのだけど、『手記』なんかよりヘアヌード出した方が売れるんじゃないか? 世間にどれだけ揶揄されようが、「生きるためにヘアヌード出した。これでもう一切芸能界には関わらない」つって、潔く引く方が、お金も入るだろうし、誠意も伝わる気がする。

うん、そうだ。
のりピー、ヘアヌード出せって。

絶対売れるって。



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11.26.2010

AppleTVを楽しむ。

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ずくずくの体調の中、ようやくAppleTVとiMacの接続が終わった。まぁ、「ようやく」つっても線を差すべき所に差して終わったんだけども。
もともとAppleTV(ver.2)は発売日に購入していたものの、まずHDMIケーブルがなくて断念。「いやでも、僕はなんせコードの魔術師で、我が家にはありとあらゆるコードがある。だから、どこかにあるはずだ」と部屋中を引っかき回してようやく出てきた通常のHDMIケーブルではあったが、ヘッドがデカすぎて、これを本体に差してしまうとヘッドが隣にある電源コード用の穴を塞いでしまって、電源コードが本体に差せない、電源コードを本体に差してしまうと、HDMIケーブルを本体に差せないという悲劇に見舞われた。Appleが純正のHDMIケーブルを販売している理由はそこにあったのである。

サイズを考えろ、サイズを。

別途、ヘッドの小さなHDMIケーブルを買わないとアカンという現実と、当時はそこまでするほどAppleTVに価値を感じていなかった僕は、完全に心が折れてしまい、以降そのまま放置していた。

しかし、iPod、iPad用のiOSが4.2にバージョンアップされ、今まで『AirTune』と呼ばれていた、無線でお近くのコンポに音楽を飛ばせます機能も『AirPlay』と名前を変えてバージョンアップした今、再度AppleTVと向き合うことにした僕は、朝から頭が痛かったけれど、HDMIケーブルが届いちまったからしょうがない。
重い頭をぶら下げて接続作業をしたら5分で終わった。

AppleTV

Appleのいいところのひとつに、全ての製品がAppleの作ったものなので、だいたいはつなぐだけで動くという点があると思う。

さて、AppleTVを使ってみてどうか。


楽しい。

僕は今まで、パソコンに溜めていたミュージックビデオを家のテレビで映し出すために、一旦iPod touchに観たいミュージックビデオを収納し、別途買い求めていたテレビ出力用のDockにiPodを差し込んでテレビから出力していた。

絶対失くしそうなリモコン
しかしこれからはそんなことをしなくても、iTunesを再生すれば、テレビから出力してくれるし、iTunesの再生も、わざわざiMacの場所まで歩いて行かなくても、この、絶対失くしそうなリモコンでテレビを操作するようにして簡単に行うことができる。


また、iPodおよびiPadに『Remote』というアプリを入れておくことで、iPod、iPadもリモコン代わりになるので、パソコンのところまで歩いて行かなくても、たとえばベッドの上でiTunesを再生、テレビで映画を観る、などが可能となったのである。都合3つもリモコンがあれば、まぁまず安泰だろうし、それらリモコンのうちのひとつはなにせiPadなので、死んでも失くしたくないし。

『AirPlay』というのは、iTunesのビデオを簡単にテレビに出力してくれるだけでなく、写真類もスライドショーとして出力してくれる。もちろん、さっきのすぐ失くしそうなリモコンで、パソコンの中のどの写真をスライドショーに使うのか、何秒単位で、どのようなエフェクトで写真をチェンジしていくのか、音楽はどうするのかを全部決めることができる。
主観的だけども、パソコンの周りに集まってスライドショーを観るより、リヴィングルームのテレビでみんなでソファに座ってスライドショーを楽しむ方が健全に見えると思う。 パソコンの画面は一人で観るもの、テレビの画面はみんなで観るもの、という感じがするのである。

AppleTVでパソコンのiTunesを覗く。


特に液晶テレビ・プラズマテレビをお持ちの方で、高画質なデジカメ画像を持ってる方は、絶対にテレビでスライドショーを観た方が良い。デジカメの画素数は日進月歩で上がっているけれど、パソコンのディスプレイのサイズはこれ以上たぶん大きくなることはない。大きな画面できれいな写真をみたいという方には『AirPlay』、オススメである。

また、AppleTVを使うまでの僕は、パソコン横のスピーカーおよび、コンポから音楽を流していたのだけれど、AppleTVの参加により、さらにテレビからも音楽を流せるようになった。大音量でクラシックなんかを流すと、もうコンサートホールのような感じで楽しいし、大音量でヒップホップなんかを流すと、もうダンスホールみたいで楽しい。大音量でさだまさしなんかを流すと、すごく寂しい。

再生中の曲を表示してくれる。
で、別にテレビからも音楽が流せるようになったぐらいなら、大したことはない。なにせ、僕のコンポのスピーカーはテレビを挟んでいるし、テレビのスピーカーの音質なんてたいしたことないし。
しかし、そこに『AirTune』から『AirPlay』と名を変えた、『音』から『映像』へバージョンアップしたAppleTVのちょっとした遊び心があって、iTunesで再生した曲をAppleTVに飛ばしてやると、テレビにこのように、現在再生中の音楽のアートワークが表示されるのである。次の曲に移ったときのモーションも美しい。こういった小さな遊び心に僕は弱い。

映画の購入/レンタルもできる
他にも、DMM.com感覚で映画のレンタル/購入ができたり、YouTube・Podcastを楽しめたり、MobileMeやFlickrに写真を保存している人はそれをテレビに映し出したりできる。もちろんMobileMeなんて、年間9,800円もとられるサービスに加入している人を僕はオーラとアニー以外に知らないし、Frickrも日本国内でバリバリ活用している人はあまりいないだろう。Picasaやmixi、Facebook、Twitter、Skypeなどがここに含まれていったらもっと楽しめる層は増えるだろう。実際うちの両親も、孫の写真や動画をPicasaで楽しんでいる。まぁ本人たちに「今、我々はPicasaを使っている」という実感はないと思うが。
AppleTV本体
無線環境とテレビのある場所にAppleTVを持って行くだけで、どこでも楽しめるのである。AppleTVはこのように手の平サイズであるから持ち運びも楽である。

まだまだ広がる可能性。
「テレビでインターネットを」というのは真新しい発想でもない。ただ、今までのそれは、パソコンの機能をそのままテレビでやってしまおうという感じだったと思う。AppleTVはどちらかというと、「テレビでやった方が楽しめることは、テレビでやろう」というコンセプトに思える。

テレビにTwitterのタイムラインが流れていて、それを流しっぱなしにしておいて、BGMはiTunesから流れていて、返信したかったりRTをつけたくなったら、パソコンや手元の携帯からリアクションする。先述の通り、パソコンの画面は一人で観るもの、テレビの画面はみんなで観るもの、という感じがする。うまいこと組み合わせて使うと、思いがけない楽しみ方が見つかるような気がする。

とりあえずiMacとAppleTVを組み合わせて楽しむ方法についてはある程度わかった。次は、iPadとAppleTVを組み合わせて、どんな楽しみ方があるか捜していってみたいと思う。

あれやな、このブログに「Apple」ってカテゴリ作った方が良いなぁ。



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宇宙人について考える。

Check  
地球の約7割、これは実は海でありまして、その海の、深いところにあるいわゆる「深海」についてはまだ全体の1割程度しかその詳細が解明されておらず、専門家をして、「深海は、もうひとつの宇宙」なんちってかっこよく言われているんだそうです。

僕は、深海生物が好きなのですが、以前、エネエチケー(NHK)で深海の特集をやってまして、嬉嬉として番組を観覧したときの話です。

とある深海の、とある海底火山地帯に、硫化水素という気体がドッボドボ溢れている場所があるのですが、長年、専門家達は「その辺りに生き物はいない」と決めていたのです。というのも、硫化水素というのは我々生命にとってものすごく猛毒、学名:『モノゴッツ・モードック』なので、それを喰らってしまったら生命体はもはややってられない、腹が痛い、関節が痛い、朝起きられないっつって、結局生きていけないという学説が当時の常識だったのです。

その学説の根拠は、当時、生物学界での常識であった、生命体がビンビンやっていける3条件。

「酸素」「水」「有機的物質」

この3拍子が調っている環境じゃないと生きていけないって決まっていたらしいんですね。

んで、「じゃーさー、マジ生きモンいねぇのか、見てやろうぜー」つって、アナーキーな専門家達が、いい年こいた大人達が、大枚叩いて高性能マシンを買って、そいつで史上初、その硫化水素帯を見に行ったんですけど、そしたらもう、アホほどいたんですよ、


生物が。


なんや知らんが、全長5メーターにも及ぶイソギンチャク的なやつとか、全身真っ白なエビ型生物、全身真っ白な魚型生物、全身真っ白なヒトデ型生物が「うぃーっす」「イェイイェイイェーイ!!」つって生活してたもんやから、さすがのアナーキーな専門家達も、モニターに映し出された後継に「ウソヤン…」と言うていたそうなんですね。

僕の、本当にドシロウトの目線で恐縮なんですけど、その上で思うんですが、「生命は硫化水素地帯では生きていけない」なんて、誰が決めたん?

確かに、我々ヒューマン・ビーイングは「酸素」「水」「テリヤキマックバーガー」がなければ生きちゃいけませんが、僕達の知らないところで、逆に「硫化水素がなくちゃ生きていけない生物」がいたっていいじゃないか。そもそも、遥か昔に習ったのでうろ覚えだけども、たしか酸素だって猛毒物質なはずなのである。

そういった杓子定規というか、僕達人間を中心に考えすぎていないかという節が常々あって、その最たるものが「宇宙人の存在」についてなのです。

通説曰く、「金星は太陽に近すぎて気温が暑すぎるから、生物は生きていかれへん」そうですが、そんなもん、わからへんやん、金星の暑さを、灼熱地獄を、「これが丁度ええねや」言うてる宇宙人がおるかもしらんやん。 金星に住んどる専門家は「地球みたいな寒い星では生命は生きていけないから生命体はいない」と言うとるかもしらんやん。

火星も然り。水がないから生命が育まれないと言われているけれど、水、いらんかもしれんやん。「オレ、水は無理やわぁ、引くわぁ、顔つけられへんもん…」いう宇宙人がおるかもしらんやん。

もう、もしかしたら太陽の中でガンガン燃やされながら「アカン、今日は冷えるわぁ…床冷えがするわぁ…もう寒気がするから寝とくわ。じっくり静養するわ。お粥食べるわ」言うてる宇宙人もおるかもしらん。

僕達、地球人は井の中の蛙かもしらんじゃないかって思うんですけど、どうなんですかね。

パイオニア10号に載せられたプレート
あ、そうだ。あと、宇宙に打ち上げた、地球人に関する情報を記載したプレートにも違和感を覚えます。あのプレートには、真っ裸の男女が阿呆みたいに突っ立っていて、男の方が友好的性格をアピールするためなのか、フルチンのくせに、キザッぽく軽く手を挙げて「よぉ」みたいなことをしています。あんなことでは、プレートを見て地球にやってきた宇宙人が、実際に地球人見たときに「服着てるやん!」「全然違うやん」ってなると思うし、「全然違うやん」って思った宇宙人が、「これは鎧なのではないか?」とか「こいつら、ホンマは普段、裸なんやけど、今この場においては臨戦態勢なんじゃないのか?」つって怒って、キレて、「こうなったら戦争じゃい!」言うてレーザービーム撃ってきたら大問題になると思うから、今すぐ訂正したプレートを即刻宇宙に打ち上げるべきだと、ドシロウトの目線で、そう思いました。

ああいうプレートには平均的な人間の姿、たとえばえなり君とかを載せておくべきだったんじゃないかなぁ。



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安田さんとこの事情は知らんけども。

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まだ僕がちゃんと働いていた頃の話。
僕は企業の広報部に在籍していたのだけれど、そこに、安田さんというおっさんがよく出入りしていた。

印刷会社の営業マン、50そこそのおっさんなのだけど、先日うちの会社が発注した大量のチラシを納品したところ、なぜか風俗のチラシを間に挟み込んでしまうという、通常考えられない大失態をしでかしてしまい、自分は悪くないのに30ほども年下の僕に平謝り、その後諸悪の根源である工場長を連れて謝罪にきたものの、一番謝らなアカンはずの工場長がジーパン&ふてぶてしいというツワモノだったせいで僕の上司を激怒させ、結果、全責任を一手に引き受けてなぜか突如クビになるという不遇。
不遇が服を来て歩いているようなおっさん、安田さん。

その安田さんが今日、新しい担当者2人を連れて来社したのだけど、連れて来られたおっさんと若い女、そして安田さんの名字が、全部「安田さん」だった。

右から安田さん安田さん安田さん


お前らなんやねん。


話してみるとなんのこっちゃない、新しいおっさんはクビになる安田さんの兄さんで、女は新しいおっさんの娘とのこと。
つまり、クビになる安田さんは新しい担当者っつって兄貴と姪を連れてきたわけで、僕は思うた。


「正月かぇ」、と。


実は先日の会議で、今後安田さんとことはお取引しないことが決定していたので、安田さんがどれだけたくさんの安田さんを連れてきても、もう無理だったのでした。



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脱・インポテンツ。

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勃起には前半と後半があると考えている。前半は、徐々に硬度を増していく状態、後半は軌道に乗って後は野となれ山となれという状態。

最近の僕はもうなんていうか、オナニーをしていても前半で失速し、「オレは何をやっているんだろう」と、愁訴を訴えることが多く、若くしてもうインポテンツになってしまったのではないかと夜な夜な泣いていたら近所から苦情が来た。嘘だけどね。

確かに最近の僕はオナニーどころの話ではないくらい、異常事態に見舞われている。常識人の方から見れば「おいお前、自慰行為に耽っている場合ではないだろう」と言われるような状態ではある。しかし、そういうときだからこそオナニー、自慰、つまり自分を慰める行為が必要なのではないかと、声を大にして言いたい。

そこで僕は、現在自分に起きている異常事態をやや楽観的にとらえてみた。つまり、僕が何となくインポテンツっぽいのは決して精神的なストレスからくるのではなく、僕のPCに所蔵されている100を超えるわいせつ動画、これを見過ぎて、こいつらに飽きが来てしまったからではないだろうか、そう考えたのである、なんたるポジティブ。

そこで、新規にわいせつ動画をゲットするべく、違法ダウンロードソフトを立ち上げてみたのだけれど、欲しい動画がなんか全然落ちてこない。「残り時間 16日」などと表示されている。おいボケ、16日後のオレが、その動画を今と同じ気持ちで見たいだなんて保証がどこにあんのじゃ。
僕は憤慨した。憤慨すると結構頭って冴えて来るもので、ひとつの解決策に行き当たった。そう、TSUTAYAである。

早速とるものとりあえず、家を出発。偉いもんでTSUTAYAに到着したときには既に半立ちの状態であった。階段を駆け上がり、「ここから先はエロい物しかありません」という注意書きのカーテンをくぐると、そこには本当にエロいものしかなかった。先客が一人居たのだけど、彼は僕が入室する瞬間まで股間を触っていたような気がする。若いって良いよね。

さて、僕は早速物色を始めた。レンタルビデオ屋でアダルトビデオを借りて、それがしょうもなかったときの悲しさと言ったら、フォアグラがそんなに美味くなかったときのそれに似ている
そんな憂き目に遭いたくなかったので、僕はもう必死に物色をした。

熟女コーナーに『デリ夫人』という、デヴィ夫人そっくりの女が股を開いて笑てる作品があった。誰が借りんねんと思たら、「貸し出し中」ってなってた。悲しかった。

そこからたぶん20分ぐらい、僕はひたすらエロDVDを物色し続けた。

こんな話を聴かされてもイヤだろうけど、それでもするけれど、僕は男女の陰部がドアップになっていて、そこに電子機器を突っ込んで女がヤンヤン喚き散らして潮を吹くような作品は好きではない。そんなものは和田に任せておけばいい。
僕が一番ぐっと来るのは、例えば、さっきまでは恥じらっていた女性が半ば強引に迫ってくる男性を受け入れ、その股間に手を差し伸べた瞬間である。正常位の際、男性の首に腕を回す瞬間である。シャワーを浴びた女性が巻いていたバスタオルを恥ずかしそうに外す瞬間である。

だからまぁ、必然的に『盗撮もの』になるよね。

20分かけて、パッケージを凝視し続けた。その間に色んな男たちが入っては出ていった。良いよな、お前らは簡単に勃起できるんだからよ。

羨ましさは感じた。しかし悔しくはなかった。なぜなら、僕のチョイスがちょっとなんて言ったらいいのかな、神がかってんちゃうん?っていうくらいええ感じだったからである。

そして意気揚々とレジに向かう。しかし、エロDVDばかり4枚借りた人となると恥ずかしいので、CDコーナーでスナッチのサントラも選んでおいた。抜かりはない。

僕はTSUTAYAのカードを持っていないので、店員にエロDVD4枚とスナッチのサントラを手渡して、入会書類に必要事項を記入する。
店員が「写真付きの身分証明書をお願いします」と言うので、免許証を見せる。その時だった。

「あー」つって、店員が悲しそうな顔をして言うには、「免許証に記載されている住所が古いですね」とのこと。あぁ、なるほど、そういうことね。僕はまだ警察に行って住所の書き換えをしていなかったからねっつって、「すんません」つって、今度はちゃんとした住所が載っている保険証を提示する。

そしたら店員は無表情で「顔写真付きで住所もきちんと掲載されている身分証明書1枚でなければ会員証の発行は無理です」と言った。

頭の中がガビーンって鳴った。

その店員は僕が手渡したエロDVDを、僕が届かない場所にまで遠ざけると、「光熱費の請求書とか、今お持ちですか? そしたら会員証発行できますけど」と言ってきた。

持っとるかいぇ!
今、光熱費の請求書持ってたら、先に光熱費払いに行くわ!

結局僕は、手ぶらでTSUTAYAを出て、建物の隣にある自販機でコーラを買って、路肩にしゃがみ込んで煙草を吸いながら、鉄コン筋クリートのシロの台詞、「夜になるとね、悲しい気持ちになるんだ」を呟いて、それからこう思った。

「もう、ちんちんを切ってしまおう」と。



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11.25.2010

短編:『アンナ・ブルー』

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そのレストランは、店内奥が全面ガラス張りになっていて、神戸の夜景がまるで一枚の壁紙のように見えることで有名だった。今日はあいにく雨だったけど、それでも窓硝子に吹き付ける雨粒が、街のネオンを拡散させて、夜景をまるで抽象画のように見せてくれている。

絶景だった。

特等席に腰かけた僕らは、誰もがそうするようにしばらくその夜景に見とれた。サオリはうっとりと窓の向こうを見つめている。彼女からはかすかに香水が匂う。ロマンチストとはほど遠い僕は、この景色を「綺麗」と称する以外の言葉を持ち合わせていなかったので、ずっと黙っていた。店内にはジャズが静かに流れ、その遠くからはほんの遠慮がちにノイズのような雨音が流れてくる。

僕たちの時間はまるで止まってしまい、サオリはただ黙って窓の向こうを見つめていた。

「最高」

やがてその小さな唇から不注意のようにこぼれた言葉を合図に、時間は動き始める。

「気に入った?」
「うん」

視線をこちらに向けずに答える仕草がまた、様になっている。勿論僕は彼女のそういった仕草があまり好きではない。

「食前酒をお持ちいたしました」

顔を上げると、僕と同い年ぐらいの男性が銀の盆に小さなシャンパングラスを2つ載せて立っていた。背筋は伸び、凛としている。

「ポメリー・ロゼ・シャンパンと、イタリアのブラッド・オレンジでございます」

給仕は、滑らかな舌で紹介しながら、僕の前にシャンパンを、アルコールの飲めないサオリの前にはブラッド・オレンジを静かに置いた。真っ赤なオレンジジュース、「ブラッド・オレンジ」だなんて、洒落てる。

「ありがとう」

最小の音量で礼を言うと、給仕は静かに立ち去った。それを見届けたあと、僕らは何も言わずにグラスを重ねた。

『カフェ・ド・パリ』だね」

オレンジジュースに口を付けながら、サオリは呟く。さっきの映画を思い出しているらしい。

「アンナを気取るにはちょっと身長が足りないんじゃないか?」

僕の言葉に頬を膨らませながら、サオリは飽きもせず夜景に視線を走らせた。

「素敵な映画だったと思わない?」
「そうだね」

正直なところ、退屈な映画だった。でもそんなこと言ってしまえば、彼女の機嫌を損ねるに決まってる。

僕らが見たのはフランス映画、シネ・リーブルで2週間だけ上映されるような、無名の監督による注目もされない映画だった。でも、フランス憧れの強いサオリは、めざとくそれを見つけ、「絶対にこれが見たい」と譲らなかった。僕は封切られたばかりの人気ハリウッド映画の続編を見たかったけど、深夜番組で前売券まで手に入れてきたサオリの熱意にすんなりと折れた。

恋愛映画だった。ピエールとアンナという高校生カップルがシャンゼリゼをデートしているところに魅惑的な人妻エルザが現れる。ピエールはエルザに、アンナにはない大人の魅力を感じ、没頭してしまう。エルザもまた、ピエールの蒼い瞳に若かりし頃の叶わぬ恋愛を思い出し、熱く燃える。ピエールの心変わりを感じたアンナは、単身エルザの家に乗り込むが、その屋根裏で彼女は、一糸まとわぬ姿で愛し合うエルザとピエールの姿を目撃する。ここでアンナの怒りは屈折しながら頂点に達し、彼女は突如、衣服の全てを脱ぎ去って、絡み合う二人の間に「参戦」するのである。さすがにここは笑ってしまったけれど、サオリは表情1つ変えずにひたすらスクリーンを見つめ続けていた。

「エンディングはちょっと気に入らなかったかも」

少々意気込んでサオリは吐き出した。エンディングだけ?ボクは首を傾げる。

エンディングもまぁ、確かに酷かった。ピエールのエルザに対する気持ちを痛いぐらいに思い知ったアンナは彼に別れを切り出すため、行きつけの『カフェ・ド・パリ』に向かう。しかしそこに現れたのは、エルザに飽きられ、あっさりと捨てられてしまった傷心のピエールだった。二人は互いの愛こそ真実であると気付き、手を取り合い、なぜか、スキップでシャンゼリゼ通りの彼方に消えていきながらのエンドロール。

「まぁ、あのスキップはないわな」
「スキップもそうだけど、元に戻るってのは納得いかない」

サオリは口を尖らせて溜息をつく。

「なんで?」
「だって、あれだけドロドロしたのに、元に戻るなんてあり得ないよ。男女の描写が甘いって」

オレンジジュースに頬を染めながらサオリは拳を振っている。 

「サオリならどんなエンディングにした?」
「う~んとねぇ、ピエールが『もう一度やり直そう』って言うんだけど、アンナはそれに答えないで、破局。ピエールはそのまま酒とクスリに溺れながら、毎晩アンナに手紙を書き続けるって感じかな」

人さし指を伸ばしながら、サオリは得意げに喋っている。

「なに?ピエールの人生破滅なの?たかだか高校生で?」
「そういう言い方は辞めて、嫌い」

わかってる。わざとだよ。胸の中でそう呟きながら、小さく詫びて、煙草に火をつけた。

「煙草って美味しいの?」

仕草を見るや否や、嫌悪の表情を浮かべるサオリ。

「美味しくないよ。味はまずい。でも辞められない」
「信じられない。不味いなら辞めればいいのに」

鼻で笑うように言う。僕は彼女のそういった仕草が好きじゃない。

「味を楽しむモノじゃないからね」
「じゃあ何を?」
「吸えない人には分からないよ」

間髪入れず、僕の煙草に伸ばされた手を、払う。サオリは何か言いかけたけれど、上品に登場した給仕を見て口を閉じた。

「水牛のモッツァレラチーズとトマトのサラダです」
「水牛って…牛?」

ダイエットを始めたサオリは肉料理にやたらとうるさい。しかし、テーブルに載せられた皿を見る分に、肉の姿は見当たらない。

「水牛のミルクを使ってモッツァレラチーズを作っています」

給仕は的確に答えながらも、納得したように大きく頷き、上品に笑うサオリを見て、一瞬の当惑を浮かべた。当然のことだ。

「ありがとう」

首を傾げながら立ち去る給仕に声をかけ、しばらく二人は目の前の皿と格闘した。とかくトマトのスライスをフォークで食べるというのは至難の業である。苦労しながらも何とかトマトでチーズを包む。押さえた状態でフォークを差し込みようやく口に運ぶ。味は、やはりというか、絶品だ。「うふ~ん」と言いながら向かいを見ると、サオリはまだ悪戦苦闘中だった。既にトマトはぐちゃぐちゃに潰れ、果肉が皿に広がっている。それでもなんとか僕と同じことをしようと必死で、僕の視線にも気付かない。

「大丈夫?」
「心配ありがとう、でも大丈夫」

気丈を装ってはいるけれど、とても大丈夫には見えない。

「箸もらう?」
「何言ってるの?テーブルマナーの基本でしょ?」

溜息がでた。

「そういうのはちゃんとできてから言えよ。最近じゃ箸を使うのもマナー違反にはならないよ。皿をグチャグチャにしてしまう方がよっぽどマナー違反だと思うけどね。さぁ、呼ぶよ」
「いやっ!」

突然の大声。周囲は何事かとこっちを見る。ボクは周囲に会釈を返す。

「ほら、あの人見てごらん、箸使ってるだろ?」

店内奥に、こちらを見ることなく淡々と食事を続ける老夫婦がいる。見るからに、こういった場所には慣れていると思しき二人は、二人とも箸を使って料理を食べていた。

「ホントだ」
「だろ?マナーってのは食事を楽しむためにあるモノで、食事を楽しめないマナーなんて、採用するべきじゃない」

僕はそういいながら手を上げる。すぐに飛んできた給仕に箸を頼むと、割り箸ではなく、銀の箸が届けられた。

「箸を頼む人も少なくないみたいだね」

僕の言葉に微笑みながら、最初の一口をようやく口に放り込んだサオリは、その味にようやく表情を緩めた。

「おいしい!」

結局彼女は僕よりも早く前菜を平らげてしまった。まったく気を遣わせる。サオリにかける一言一言を選ぶのに今日一日で随分疲れた。

それからはお互い大した会話もしないまま、ただひたすら食べ続けた。料理はどれも絶品で、申し分なく、とくにメインの「キンメダイと季節野菜の取り合わせ」を食べたときは、そのあまりの美味しさに二人で気味悪く笑った。

コトは、食後の珈琲を飲んでいたときに起こった。

アイス珈琲を吸い上げて、ストローから口を離した瞬間、なんの前触れもなくサオリがあの話を切り出したのだ。

「で、考えてくれた?」

きた。正直このままこの話題に触れなくて済めばいいと思っていたのだけれど、やはりそうはいかないらしい。

「なにを?」
『なにを?』じゃないわよ、付き合ってくれるの?わたしと」

ストローで珈琲をかき回しながら、さも「大した話題じゃないけれど」といったふうに話を振るサオリ。イヤな感じだ。僕は昨日から既に用意していた言葉を取り出そうとする。「好きな人がいる」と言えば、全て終わることだ。実際にそんな人はいないけど。

「ちょっとぉ、そんな緊張しないでよ、らく~にしてよぉ」

サオリが鼻で笑いながら、オレンジジュースに口を付けるのを見た瞬間、たぶん僕はある意味キレてしまったんだと思う。

苛立ったわけではない、なぜここまで気を遣わなければいけないのか、とむしろ力が抜けた。「後腐れなく、お互い気持ちよく」と言ってみても、気持ちいいのはたぶんサオリだけで、僕はきっとあとからなんか煮え切らないモノをずっと抱えなきゃいけなくなるに違いない。


「お前と付き合う気はない」


気付けばさらっとそんなことを言ってた。サオリは笑っている真っ最中で、その笑顔が本当にそのまま固まってしまうのを見て「凍り付いたように」という表現はホントに的確だと感心できてしまうほど、僕は逆に冷静になっていた。

「なんで…」

目を見開きながら、極めて辛うじてといった感じでサオリは呟く。傷つけないようにと心がけたせいで、こちらがしんどくなるのはもうゴメンだ。サオリは、きっと今までの僕のそういった苦労を全く知らないだろうし。むしろ僕に付き合ってあげてるぐらいの気持ちでいただろう。

「なんで…って、別に、そういう風に見てないし、これからも見るつもりもないし」

無理して考えてきた言葉と比べて、本音は実にスラスラと僕の口をすべってくる。

もちろんこの一言でサオリも怒った。上品なレストランのお陰で大声こそ上げないけれど、絞り出すように潜めた声で、サオリは喚いた。


「やっぱり!私のこと、子供としか見てないんでしょ!」
「だってお前は子供じゃないか」


さらっと言い返す。

「ひ、ひどい…」

唐突にサオリは泣き出した。でも僕はその姿を見て、またも腹が立ってしまった。その言い返し方も、泣き出す姿も、全てがテレビドラマのように嘘くさくて馬鹿馬鹿しかったからだ。「泣くなよ」とかそういう言葉はかけない。そういう言葉を待っているとわかるから。

『子供扱いしないで』って言ったでしょ」

しゃくり上げながらそう呟く姿はもう哀れだった。

「たしかにね、ここまで持ち上げといて急に突き落とすような真似をしたのは、僕が悪い。でも、もう耐えられない。ママゴトはこれで終わり」

『ママゴト』という単語に反応して、僕をきっと睨み付けると、サオリは唸るような声で話し始めた。

「だって仕方ないじゃん、早く大人になりたいけど、急いだって大人になれないもん。クラスの人達はみんな馬鹿みたいに子供で、男子なんて休み時間にドッヂボールしてれば幸せで、女の子たちだって好きな人の話してても、聞いてみれば『足が速いから』とか言う人ばっかりで、イヤだけどその中で生活しないといけないんだもん、このツラさ分かる?」

目に涙を溜めて訴えるサオリ、その姿はやはり紛れもなく正真正銘10歳の小学生だ。駐車場の車には彼女が忌み嫌う学校指定のランドセルが載っている。大人になることにばかり憧れる彼女にとって、毎日通う小学校は辱めの空間でしかないのかもしれない。でも、それは間違っている。

「お前のツラさなんてわからないし、分かろうとも思わない」

冷たく言い放てば、すぐにしぼんでしまう。聡明な頭の中で、色々な反論を考えているのが分かるけど、僕はもう、考える時間も与えない。

「というか、オレはドッヂボールを心から楽しんでいる男子や、『足が速い人が好き』と言える女子の方がある意味でお前より大人だと思う」
「な…」
「だってさ、彼らは自分たちが小学生だということを分かっているし、それを認めてる。少なくともお前みたいに、どうしようもない事態に対してぶつくさ不平を言ったり、闇雲に現状を恨んでいる人よりは大人だと思う」

反論する暇も与えずに畳みかける間、サオリは下唇を強く噛んで僕の眼を睨み付けていた。

「なんであんな人達が私より大人なの?あんな人達はフランス映画なんか見ないし、こんなところで食事だってしないよ。香水だって知らない。私は、あの人達が知らないことを知ってる。なのになんであの人達の方が大人なの?」

震える声を絞り出すサオリは、なんだか小さく見えて、僕もやっぱり罪を背負ってるなと気付く。だからこそ、今、しっかり言っておかないといけない。

「大人はね、『大人になりたい』だなんて考えないんだよ。大人に憧れるのは子供の特徴だ。『喫茶店に1人で入れるなんて、大人だね』ってことは子供しか言わない。『喫茶店に1人で入れるなんて、大人だね』なんてことを言わなくなって初めて大人と呼ばれる。手の届かない物に憧れ続けるのは子供にしか与えられていない特権だからね」

少し間をおいてみるけれど、言い返してくる気配はない。

「それに、そもそも、大人が子供より勝っているなんて考え方が、僕は子供っぽいと思う」

サオリが一瞬眉間に皺を寄せる。こういう時でもきちんと話を聞くのは数少ない彼女の良いところだ。

「例えば僕たちは、もう集まってドッヂボールを投げ合うコトなんて出来ない。そもそもそんな人数が集まるコトなんて出来ない。大人は子供よりもたくさんのことが出来るなんてのは幻想だよ。確かに、大人って呼ばれる人は、お前にはできないことをしてる。でも、その分お前らに出来ていることが出来なくなってる」

「ドッヂボールなんて、できなくていい」
「それは今のお前にできることだからだよ。僕だってこんなところで食事なんてしなくても良いし、フランス映画だって見なくてもいい」

シャンパンを一口。

「今しかできないことに熱中できるのは、素晴らしいことだと思う。今しかできないことを馬鹿にして、いつか当たり前になることに憧れ続ける、それは馬鹿馬鹿しいことだと思う。香水だって、フランス映画だって、夜景の綺麗なレストランだって、年を取れば別に珍しいことでもなんでもないのに、必死にそればかり追いかけてる姿は見ていて気持ちいいものじゃないよ」

すっかり気迫を失ったサオリは黙って俯いている。

「僕は、そんなサオリに恋愛対象としての魅力を感じない。だから付き合わない」

結局サオリは何も言わず、テーブルは沈黙に支配された。

聡明なサオリのことだ、僕の言いたいことを理解するだろう。そしていつか今日見た映画の、手をつなぎながらスキップしていくアンナとピエールを再び見る機会があったとしたら、その時はサオリも思うだろう、これもハッピーエンドなのだ、と。



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11.23.2010

兄さんのiPadがiOS4.2にアップデートされて、夢、膨らんで。

Check  
iOS 4.2 で可能になった事の感想まとめ(iPad編)
http://applembp.blogspot.com/2010/11/ios-42-ipad.html

iPhone / iPad
 iPod touchやiPhone、iPadには「iOS」というOSが入っている。「OS」というのを「脳みそ」にたとえる人もいれば、「指揮官」にたとえる人もいるけれど、「オペレーション・システム」の略だと言えば、なんとなくわかるんじゃないかなぁといつも思っている。Windows 7やMac OS 10.6みたいなやつもOSであり、つまり昨今利用者うなぎ登り中の皆さんのお手元にあるiPhoneなんてのは、もはや携帯電話ではなく、ちゃぃちぃのコンパソなのであるよ。
アップルCEOスティーブ・ジョブズ
さて、そんな「iOS」のバージョンが4.1から4.2にアップグレードした。

ちなみに、iPhone 4を手にしながら、「なんで4なんだ?」と首を傾げていたあなたへ。
iPhone 4の「4」はiOSが「4.x」だからだぞ! 全く、大丈夫かな。
ということで、今回iPod touch、iPhone、そしてiPadのOSがバージョンアップした。OSがバージョンアップすると言うことが何を意味するか、つまり「できることが増える」と考えて良い。

んで、iPad。誰も使てないiPadもその恩恵を受けている。
こういった情報はたくさんの人が拡散させておかなければ、のちにiPadを持つ人間が困るようになる。マイノリティの使命として、記しておこうと思う。

『iPadで新しくできるようになったこと》

記事によると、iPadでは下記の点が新しく追加された機能だそうだ。

『フォルダ』ホーム画面でのアプリ管理が楽
『マルチタスキング』アプリ間の移動が便利
『AirPrint』iPadからプリンタが無線
『AirPlay』iPadからApple TVやAirPlay対応デバイス
『iPhoneを探す』の無料化
『50音キー』キーボードの追加

1)『フォルダ』ホーム画面でのアプリ管理が楽に

iPadのホーム画面には、iPod touch、iPhone同様たくさんのアイコンが並んでいるのだけれど、それらを自分の好きなグループごとに「フォルダ」に格納して画面を整理できるようになった。これはありがたい。ゲーム系のアプリは「ゲームフォルダ」を作成し、そこに全部放り込んでいけばいいし、他も同様である。正直、僕がよく使うアプリのアイコンが似ていて間違うことが多いのである。なんで、僕の好きなアプリのアイコンってみんな青いんだろう。

2)『マルチタスキング』アプリ間の移動が便利に

これまでのiPadは『マルチタスキング』の反対である『シングルタスキング』であった。
これが何を指しているのかというと、『シングルタスキング』というのは、1回につき、1個のアプリケーションしか実行できないという意味である。例えば、iPadでSkypeをしていて、相手がワケのわからんことを言うてきたとき、もしくは「明日、京都に14時に着くにはそっち何時に出なアカンの?」などと尋ねられた場合、これまでであれば、一旦Skypeを閉じて、他の「Safari」などのアプリを立ち上げて、辞書を使ったり、乗り換え案内で調べたりして、もう一回Skypeからかけ直すということしかできなかったのである。

これからは、複数のアプリケーションを同時に立ち上げておくことができるため、Skypeしながら調べ物したり、Twitterを横目で見ながら、映画を観たり漫画を読んだりできるのである。

マルチタスク化はiPadユーザ(僕の知るところでは、僕と、僕の友達の弁護士の2人)の積年の願いであったので、素直にうれしい。

3)『AirPrint』iPadからプリンタが無線で

ついに、iPadからプリントアウトが可能になった。
僕の家はパソコンが一台しかないにもかかわらず、室内に無線が飛んでいて、プリンタは無線LANにつながっているため、僕の家に来た人は、僕の家のネットワークに参加すれば、持参した自分のノート型パソコンなどで、離れた場所からでも簡単にプリントアウトができていた。僕の家に立ち寄って、プリントアウトだけして帰っていった奴もいた。しかし、僕は、自分のiPadなのに、その中身を印刷したい場合、これまでは一旦メールでMacに送って、それから印刷するしか術がなかった。悲しかった。それがiPadからダイレクトにプリントアウトできるのである。うれしい。

ちなみに、我が家でパソコンやiPadが無線ネットワークを探すと、一覧に、必ず「Pockemon center」というパスワードで保護されたネットワークが表示される。先日、試しにパスワード欄に「Pikachu」と入力してみたら簡単に接続できた。ネットワーク名はスタイリッシュに、パスワードは堅牢に。肝に銘じたいものである。

4)『AirPlay』iPadからApple TVやAirPlay対応デバイスに

AppleTV
『AppleTV』という製品がある。パソコンを使わなくても、テレビにコイツを接続すれば、テレビ経由で音楽や映画のダウンロードができるという製品だったのだけど、まず日本のiTMSは当時映画を取り扱っていなかったし、オレ、パソコン持ってるし、ということで、全く興味がなかったのだけれど、現在、iTunesの中にある動画、映画をテレビに無線で飛ばすことができるようになり、また価格が4万円近くしていたのに、現在は1万円を切っていて非常に気になる存在である。
そして、iPadはそのAppleTVにiPadも対応したのである。
要するに、iPadに入っている動画や音楽をAppleTV経由でテレビから流すことができるようになったのである。

AppleTVに限らず、AirPlay対応のコンポ類であれば、無線で音楽を飛ばせる。パソコンルームのiTunesを再生したら、リビングルームに音楽が流れるとか、そういうことができるのである。また、iPod touch、iPhone、iPadには『Remote』というApple純正の「iTunesリモコン」があるので、パソコンルームに戻って、曲を選び直したりしなくても、リビングルームのソファでパソコンルームのiTunesを操作できる。そこにAppleTVが参加すれば、パソコンルームのiTunesの動画をテレビに表示させ、手元も『Remote』でそれらを操作することも可能なのである。

まぁ、iPadでそれができるようになるメリットはあんまりよくわかんないけどね。
iTMSで借りてきた映画を出先ではiPadで観て、帰宅してからはそのままテレビに映し出せるとか、そういうことができるということなんだと思う。つまり、Appleは今、確実にテレビを狙ってきている。

5)『iPadを探す』の無料化。

iPadを失くしたときに探してくれるサービスが無料になったということなのだけど、iPadって、あんまり失くさないよね、でけぇもん。でも、そう思い込んでいるとき限って失くすから、こういう機能を始めから実装しておいた方が良い。

僕はApple製品を買うときは必ず「ケアサポート」っていう9,800円くらいとられる保証サービスに加入する。
今まで何度これに助けられたことか…。

6)『50音キー』キーボードの追加

通常、パソコンのキーボードはQWERTYキーという特別な配列で並んでいるけれど、これが50音順に並びかえるようにできるようになったらしい。
まぁ、正直必要ないけれど、僕はiPadはお年寄りが持った方が良い」派の人間なので、お年寄りに優しいこの新機能はアリだと思っている。子供には不要である、というか使わせてはいけない。どうせそのうちQWERTYキーに慣れないといけないんだから、楽すんな。

以上が今回のアップデートの全容である。

いつも思うのだけど、iPhoneを我先に購入している人は、いったいどれだけの機能を使っているのだろうか。
嫌味を言うつもりではないのだけれど、iPhoneをろくに使えてない人に「お前もiPhoneにせぇって、ええぞぉ、iPhoneは」と言われるとなんか腹が立つ。iPhoneと僕の利害が一致していないから、僕はiPhoneを使っていないのである。黙っていていただきたい。

しかもきゃつらときたら、自分のiPhoneの絶賛ばかりで、僕のiPadの良さには全然耳を貸してくれないんだもん。

もう、あっかんべー。

向後、iPadをより深く知っていって、部屋中にApple Networkを完成させたいと思う。
その暁には、一本映画でも撮って、無線で、全部屋で上映してやろう。

そういえば、友人から結婚式のスライドショーの制作を依頼された。
素人の僕に白羽の矢が立った理由を訊けば、「ずっとMac使ってるやろ?」とのこと。
そんだけで、生涯でも大切な結婚式の、その中でも大切なイベントを、素人に依頼するだなんて、これだから友達はかけがえがない。徹夜で頑張ろうと思う。

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11.22.2010

短編:『ディア・スリム』

Check  
偏頭痛がする。
一息で飲み干したビックルをゴミ箱へ。分別回収が当たり前になった昨今ではビンを「燃えるゴミ」 に捨ててはいけない。ビンは燃えない。そう、ビンは燃えないから「燃えるゴミ」に捨ててはいけない。極めて簡潔、スタイリッシュな理由。曖昧模糊が美しいとされる日本で、その潔さには共感を覚える。いいぜ、ゴミ分別。
私はビックルの空ビンを、丸い穴が2つあいたゴミ箱の右側、“ビン”と書いてある方の穴に放り込んだ。正解。ビンはビン箱に。こういう時、なにか社会人としてとても偉いことをしたような気になる。私はビンをきちんと捨てられた達成感に満たされながら、しばらくそのゴミ箱を見ていた。2つある穴のもう片方には“カン”と書かれている。カンは左に、ビンは右に、分別回収が当たり前になった昨今、取り立てて珍しいものでもない。
思えば、そのときゴミ箱を凝視してたのがいけなかった。
ビンの穴とカンの穴は、あろう事かゴミ箱の内側で1つに繋がっていた。放り込んだビンとカンはその向こう側で一カ所にまとめられてしまう。捨てた側の善意は無視されたのだ。
猛烈に腹立ってきた。ファッキン。イヤホンから大音量でエミネムが流れてくる。
かつて大人気となった白人ラッパーエミネム。本名マーシャルマザーズ。イニシャルM&M(エムアンドエム)で『エミネム』。自らを「スリムシェイディー」と称し、くだらないポップミュージックを一刀両断、彼の曲は8割方「オレは最高、オレに勝てるヤツなんていねぇぜ」という曲が占めている。良くまぁそんなに手を変え品を変え自分を賞賛できるものだと感心する。

「本物のスリムシェイディーさん、お立ちになってください。繰り返します。本物のスリムシェイディーさん、お立ちになってください」

OKわかった。神戸のスリムシェイディーはここにいますよ!なんてテンションがアナーキィに上がっていく。立ち止まる私を横切っていく人達、全員しばきたくなる。エミネムはよくない。道徳的に良くない。アメリカのPTAは偉い。
私はゴミ箱の前でエミネムのせいでイライラしていた。約束の時間までは若干あるし、なんかいきなりおもっきり雨降ってきたし、ともかくJR三ノ宮駅のハートインの前でイライラしていた。
そんな私の脇を横切る姿があった。汚いホームレス。とてつもなく香ばしい匂いをまき散らしながら彼は私になど目もくれず、問題のカン・ビン用ゴミ箱に腕を突っ込んだ。似合う。ゴミ箱をあさる姿がとっても様になっている。
ホームレスは俊敏に手を引き抜くと、何のためらいもなく取り出したビンに口を付け、雫をすすり始めた。
それは私のビックルだった。
踵を返して歩き始めた私を襲う猛烈な吐き気、偏頭痛と相まって酷い。
私は雑踏を逆行していった。

「俺とお前等の唯一の違いは俺は面と向かって言うだけの度胸があるっていう事。俺は嘘をつく必要もないし体裁も全く気にしない。ただマイクを握ってラップするだけ」

エミネムはそう言うが、現実はなかなかに難しい。ホームレスに「このクソジジイ、なに勝手にあたいとキスしてんだよ!」なんてことは言えるはずもない。ミスター・スリム、あんたはすげぇよ。私みたいな大企業の社長秘書じゃあんたにはかなわんよ。
早歩きで進む。雑踏は私と真逆を目指して進んでいく。バーキンのケリーバッグをしっかりと両手で抱えながら私は前に進んだ。
日曜日の神戸に人は増えた。昔はさほど気にならなかったセンター街も、今はもう歩くことも難しい。今日のように、にわか雨が降ったりするとさらにひどい。空の下を歩く人達はもれなく地下街を行くようになる。『The Real Slim Shady』が終わり『kim』のイントロが静かに流れ出した頃、腕を組む一組の恋人同士とすれ違った。すれ違いざま「そんなやつおれへんやろ」という言葉が耳に飛び込んできた。どんな奴なんだろうと考えてみても、既に確かめる術はない。人の流れは速い。毎日数多の一期一会の中で生きているくせに「座右の銘は一期一会です」なんて平気で嘯く人が多い。んならおまえ、すれ違う人、1人1人に「こんにちは、あたし、出会いを大切にしているんです。よろしくお願いします」ぐらい言ってみろってんだ…
ってダメだ、すっかりエミネムにやられている。イヤホンからは相変わらず『Kim』。彼の元妻、キムをひたすら罵倒する曲。最後には妻を絞め殺してしまう、やりすぎなのよ、あんた。架空の人物Slim Shadyと化した彼は自分の妻、自分の母親、大統領をも罵倒する。邪悪の化身Slim Shady。
スリム・シェイディーは今、「嫁を殺したい」と叫んでいる。
Santica を下りながら国際会館に出る直前で右折、階段を少し上がると右手にセンター街へ出られる階段が出現する。そこを上がらずに三井住友銀行の出張所を過ぎて左折。そのまま緩やかなスロープに従っていくとサンプラザに出る。ここまで来ると人の量がグッと減ってしまう。いつになっても大人しいサンプラザ。目的地まではもうすぐだ。
慣れていないと迷路のように思えるサンプラザも私にとっては庭みたいなものだ。何度か角を曲がると、一度も迷うことなく喫茶店『湖』に到着した。
ドアを開けるとき、今や化石と同程度に古代視されているカウベルの音が鳴り、室内からは眠気を誘うアメリカンオールディーズが流れている。いつ来ても、いつまでたっても
変わらない店。
驚いたことに、もうそこに彼がいた。慌てて腕時計を見る。約束の時間まであと10分ある。溜息に苦笑いを浮かべながら彼の座る席に近づいた。エミネムは既に停止し、イヤホンごとケリーに収納されている。立ち去れ、エミネム。
3度唱えると、私は彼の前の私に戻っていた。

「申し訳ありません、お待たせしてしまいました」
「休日ぐらいもう少し砕けた感じで話せないのかな?座って」

恭しく頭を下げる私を制して、苦笑いを浮かべる彼の向かいに腰かけると、一瞬目を見開かれた。

「髪切ったの?随分短くなったね」
「湿気が増えてきてますから」

良いながら黒縁メガネを直す。なれないモノをかけているせいで距離感がイマイチ掴めない。

「雨にやられなかった?」
「はい、地下を通ってきましたから」

こめかみを押さえる。雨の日は頭痛が酷い。

「にわか雨は戦争と一緒だ」

彼は唐突にこういった話を始めるのが好きだ。

「どういうことです?」
「得るモノはなく、失うモノは大きい」
「失うモノ?」
「家族の時間とか…」

そう呟いて下唇を噛む彼は可愛らしい。また偏頭痛。
そのとき厨房からここまで来るのに必死ですといった老婆が、震える盆に水を載せて運んできた、距離は10メートルもないが時間は1分ほどかかった。コップの水はテーブルに置かれた時点で随分減っていた。

「アイスコーヒー」

無言で差し出されたメニューを受け取らずに応えると、何の反応もないまま老婆は立ち去った。

「社長は濡れませんでした?」
「タクシーで来たからね。日曜ぐらい“社長”はやめてくれよ。仕事の話じゃないんだし」
「ある意味仕事の話じゃないですか?」
「もし“仕事”であるとしても、この場合はボクは社長じゃない」

テーブルに両肘を突いた状態から体を起こすと、彼はタバコを取り出し素速くライターを振った。業務中は一切吸わないので秘書としても彼の喫煙姿を見るのは久しぶりだった。様になっている。アルマーニのスーツをさりげなく着こなして、ネクタイ代わりに巻かれたスカーフはエルメス。カラーコーディネートも抜群で、ギラギラした宝石類は一切身につけていない。腕時計さえ黒の革ベルトというシックなものだった。

「休日もスーツなんですね」

彼の元で働きだして3年。こうやって休日に会うことは一度もなかった。

「ジャージでも着てきて欲しかったかい?」
「持っていらっしゃるんですか?」
「君はボクを根本的に誤解してるみたいだね。部屋着はジャージだし、寝る時はパジャマだよ」

そう呟いてから彼の顔に後悔の色が浮かんだ。取り出したくない話題だったのだろう。アイスコーヒーはすぐに運ばれてきた。美味いのか不味いのか分からない。珈琲の味がする、それで充分だ。短くなった煙草を灰皿で押しつぶす様子を眺めながら、来る前に一本吸っておけば良かったと悔やむ。まさか彼の前で吸うわけにも行かないし…やっぱりさっきのファッキンホームレスのせいでついてない。
ついてないのはここら辺までにしといてね。
祈りの相手、神はエミネムの顔をしていた。エミネム(神)は「知らねぇよ、アンタのことになんか、興味ないね」とだけ呟いて中指を立てられてしまった。あんたね、ちょっとはうちの社長見習いなさいよ。
心の中だけで大きく響き渡る怒号が鳴りやむのを待って、とりあえず関係のない話を振ってみた。

「日曜日の三宮は出歩けたものじゃないですね」
「そうだね。いつからこんな風になったんだろう。休日の人混みを見るたびに神戸は失敗したと思うよ」
「失敗ですか?」
「そう。神戸はね、こんなにメジャになってはいけなかったんだ。ガヤガヤした部分は大阪に任せておけば良かった。金を浪費して作り上げた空港が今はどうだい?滑走路がどんどん減ってきてる」

突然饒舌になる彼。良い話題を振った、そう思うとなんだか誇らしい気持ちになる。これはもう職業病なのかもしれない。

「ボクは何度も提案した。首都になるのではなく、首都の隣でかゆいところに手が届く街にするべきだってね。観光名所にない面で勝負するべきだとも言った」

半年ほど前まで、我が社「ペドロ・アンニュイ」は経営コンサルタントとして神戸市の観光都市化計画に参加していた。若干畑の違う業務ではあったけれど、詰まるところ「観光客は何を求めているか」という顧客のニーズに行政というサービス団体が何をするべきかという部分や、そのための戦略の練り方など、本来「ペドロ・アンニュイ」が果たせる役割は大きいはずだった。
だが観光都市化計画の最終案に目を通してもペドロの足跡は見つからないだろう。我々の発案は最終段階で軒並み却下を受けた。保守的な行政に思い切った行動に出る推進力はなく、観光客との認識のギャップに対する理解力もなかった。
もちろん、その程度で傷つくようなペドロ・アンニュイではない。従業員は2万人を超える。今や全世界に支社をもち、様々な企業を大躍進させた実績は小さな街の都市化計画でおじゃんになるようなものではない。むしろこのことはペドロ・アンニュイが観光都市化計画にまで手を広げ始めたという広告になり、全世界の町や村から仕事の依頼を受けるようになった。
一代にしてペドロをそこまで躍進させた社長は今、忙しい真っ只中にあって、休日も平日もないような立場にあって、寂れた喫茶店で私と向かい合っている。

「ないものがある街」

彼はそう呟いた。会議の場で提案したキャッチフレーズである。

「大切なのはオリジナリティなんだ」

心からそう思う。
アルマーニとエルメスを身に纏っていながらも、しかし彼にはオリジナリティへの並々ならぬこだわりがあった。今の仕事は結局彼にとって、天職なのだろう。

「準備の方は、進んでるのかな?」

一向に本題に入りそうにないことに焦ったのか、彼は唐突に話題の舵を切った。

「大丈夫ですよ」

私は満面の笑みで応えた。心配そうな表情が一気に崩れる。

「すまないね」
「なぜです?」
「少なくとも秘書に頼むことではない」

思わず吹き出してしまった。

「じゃあ辞めますか?」
「意地悪はよしてくれ」

苦笑いのまま二本目の煙草に火をつけると、再び彼はテーブルに両手をつく姿勢になった。

「で、どういうふうにするんだい?」

苦笑いを浮かべたまま、それでも興味津々といった表情は隠せないままでいる。「男の人っていつまでたっても子供なのよ」という友人の言葉は間違いではない。世界を相手に戦う企業のボスですら、非日常的な話題、それも自分に関わる問題なのに目を輝かせている。可愛いったらありゃしない。

「社長のスペイン行きに合わせます」
「ほぉ、じゃあ明後日か、明後日は記念日ということだ」
「はい、祝杯でも挙げますか?」
「いや、すまない、不謹慎だった」

私の言葉にトゲでも感じたのだろうか?気にすることでもないのに…
彼を手玉に取っているような感覚が沸いてくる。いかんいかん。

「とりあえず社長が疑われるようなことだけは避けたいので、社長が出発してからにします」
「しかし君はどうなる?君が疑われることを、ボクは望まない」

目に悲哀の表情を浮かべる彼に私が返すのは微笑みだけだ。

「当たり前ですよ、私だって捕まりたくない。その辺はきっちりやります」
「どういう風に?」

少しだけ躊躇する。

「お教えできません」
「なぜ?」
「知ってしまえば、社長に嘘を付かせることになります」
「そんなこと…それぐらいするよ」
「そうではありません、嘘を付く人が増えれば増えるほど、ウソはばれやすいんです」

私の言葉を噛みしめるようにして社長は紫煙を吐き出した。

「わかった。それでは全部任せる。ただし、絶対に捕まらないでくれ」
「わかってます。こんなことで会社に、社長に迷惑はかけられません」
「そうじゃない。ただ、君にこれ以上の迷惑をかけたくないんだ」

今さら彼の顔に浮かぶ戸惑いの表情、それを本音と取るべきか、それとも礼儀と取るべきか、少しだけ迷った。しかしどっちでも良い、結局どっちも同じコトだ。
1ヶ月前、社長室に今と同じ顔をした彼がいた。その時の彼の気持ちだって推測する必要はない。

「出ようか」

短い話が終わり、立ち上がると、私が荷物を持つ間に彼は会計を済ませた。今日はご馳走になろう。

「トイレに行きたいんですけど」
「いいよ、どっち」
「こっちです」

サンプラザはやはり閑散としていて人けがない。私たちはその中のさらに人の少ない通りを進んでいく。

「それにしても、自分の秘書に妻を殺してくれと頼む人間なんて、なかなかいないだろうね」

短い会話でも緊張が解けたのだろうか、そう言うと彼は可愛らしく笑った。オリジナリティへのこだわり。男の人はいつまで経っても子供なのよ。角を曲がる。そこからはもう人っ子1人いない。ディア・スリム。本物のスリムシェイディーはここにもいますよ。
少し歩みを緩めて彼の背中を見ながらさりげなくカツラの位置を整え、黒縁の伊達眼鏡を外した。バッグに右腕を突っ込み、そこにある拳銃の感覚を確かめる。


「旦那の秘書に、旦那を殺してくれと頼む奥様は、
もっといないと思いますよ」


拳銃のグリップを握る。鞄から引き出す。彼が振り返るのが見える。照準をその頭に合わせる。

また偏頭痛がしたが、無視をしてそのまま引き金を引いた。
梅雨がいよいよ始まりを告げていた。



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言葉は人を救わない。

Check  
賢人達は皆、「言葉とは、どういうつもりで発したかではなく、どう受け取られたかである」と仰る。まさに慧眼、すげぇええこと言うなぁと思う。

僕には持病もあって、他人の発する言葉に対して必要以上に懐疑的であったり、深読みをしすぎる傾向があるため、「言葉」というものに対して敏感であると自負している。「自負」の使い方が間違ってるような気がするけどもね。

さて、先に書いたとおり、「言葉とは、どういうつもりで発したかではなく、どう受け取られたかである」、蓋し正論である。たとえば「あなたの言葉に勇気づけられた」と言われた場合、それは間違っている。言葉にはそんな力はない。もしもあなたが僕の言葉で勇気づけられたのだとしたら、それは僕の言葉に「力」があったのではなく、あなたに僕の言葉を「理解」し、そしてそれを「消化」し、その上で自分を奮い立たせるだけの「力」があったということでしかないのだと思う。

というのも、もし万が一、言葉そのものに力があるのだとしたら、「薬」のような効能があるのだとしたら、どんな人でも救えるような「言葉」があるはずだし、誰が口にしてもたちまちに相手を元気にさせることができるはずではないか?

しかし、実際は違う。

片想いの相手にフラれた程度の相手に「世の中そう言うこともあるよ」と言って、相手が「そうだよな」と元気になったとする。しかし、自分が末期癌であることを宣告された人に「世の中そう言うこともあるよ」と言って、相手は「そうだよな」となるだろうか? ならないだろう。前者は、まだ心に余裕があり、相手の言葉に「聞く耳」を持ち、それを「消化する力」があり、自分を奮い立たせる「力」が残っているだろうが、後者にはまず相手の言葉に「聞く耳」がないだろうし、あったとしても、「それはそうだけど…」と消化できないだろうし、そもそも「お前にオレの何がわかるんじゃ」となるだろう。

言葉とは全て、「受け取る側」のモチベーションに依拠しているのである。

それなのに、世の中には「発する側にイニシアティブがある」と信じて疑わない人がいて、そういう人たちがいるせいで、たくさんの「嫌な言葉」というのが生まれている気がする。

例えば、「オレは、お前のためを思って言っているんだよ」だとか、「心を鬼にして」だとかがそうであると思う。

「お前はオレのことを思ってくれてるのかも知れないけれど、オレにはお前にオレのことを思ってもらいたいと思わない」と思うことが多々ある。「心を鬼にして」と言われると、「なに? オレのせいでお前が苦労してるみたいな感じになってるの?」と思う。

自殺を考えている人に、「生きてればいいこともあるさ」という言葉があるが、「それはお前の主観だろう」と思う。死のうと思っている人は、そもそも「生きていても良いことはない」と判断したから自殺を考えるのである。自殺ナメんな、と思う。




「頑張れ」とか「ちゃんとせぇ」とかも随分曖昧模糊としていて好きではない。

今回のこの件について、何を、どういう風に、どうこなしていくことが『頑張る』になるのか教えて欲しいし、『ちゃんと』っていうのはいったい何をどうすることを指しているのか、そう言った説明責任を一切無視して「ちゃんとして頑張れ」と平気の平佐で言うてくる人間のいかに多いことか。


言葉は人を救わない。


その人が救われたと思ったとしても、それは、その人にまだ立ち上がれるだけの力が残っていたからである。

僕も言葉を重視する人間である。しかし僕だって、いつ何時、誰かに愛のない無責任な言葉をかけてしまうかわからない。そういうことにならないように、今から頑張って、ちゃんとしていこうと思う…


あ…。




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11.20.2010

乱れるのは一晩限りの女だけでいい。

Check  
「服装の乱れは心の乱れ」という格言がある。とても良い言葉だと思う。「心の乱れ」という複雑でデリケートな問題を「服装を正せばよい」という単細胞な解でもってねじ伏せる身も蓋も、元も子もない感じ、格言とはこうでなくてはならないと思う。

ところで、もし僕が、「服装の他に心の乱れを現す『乱れ』はな〜んだ?」と訊かれたら、間違いなく「室内の乱れ」と答えるだろう。独り住まいをされている方には同意していただけると思うのだけれど、心が乱れていると、室内が乱れる。これはもう間違いない。


「室内の乱れは心の乱れ」


である。

先述のエントリーで、別に僕はここ最近穏寧無事に生活しているわけではない旨書かせていただいたのだけれど、これは事実で、ここ2週間ほどの僕の心は荒れに荒れている。
現在、目の前にうずたかく山積している問題に立ち向かいて、1つ1つ丁寧に片付けをしているのだけれど、「1つを片付けるとなぜだか新に2つの課題が増える」という不可思議な症状に見舞われており、問題を片付ければ片付けるほど、結果、問題が増えていくという状況に身を置くうちに、僕の心は乱れ、荒み、腐乱していった。

するとどうなるか。

気がつくと、部屋が絶望的なまでに乱れていたのである。

脱いだ靴下は脱いだ場所に、飲み終えたコップは飲み終えた場所に、食い終えた皿は食い終えた場所に、読み終えた本は読み終えた場所に、読んでさえいない封書は玄関付近に、無秩序に不作法に散らばって、たとえばトイレの便器脇にステレオのリモコンが置いてあったり、珈琲を空けたマグカップに使い終えたフェイシャルペーパーが丸めて突っ込んであったり、寝床で背中が痛いなぁと思ったらベッドのど真ん中に認め印が置いてあったり。

とにかく部屋は乱れに乱れきっており、また僕は山積する課題との格闘に100%を費やしていたため、それらを片付ける心的余裕を失ったまま2週間を過ごしていた。

するとどうなるか。

コーヒーを飲むのにマグカップがない。目玉焼きを焼くのにフライパンを洗っていない。さっき買ってきたコーラだと思って飲んだコーラが3日前に買ってきたコーラの飲み残しで、ぬるい弱炭酸の液体が口腔内に入ってきてそれを吐き出して咽せた、その咳で灰皿の灰が舞い上がり、その灰を鼻から吸ってしまった僕はクシャミをした勢いで踏み出した一歩が、床に転がっているレモン味のペリエの瓶を踏んで僕は転倒。テーブルでしこたま頭を打つなど、様々な厄災に見舞われるようになったのである。

そして今日、ついに僕の家から汚れ物ではないコップと皿が全てなくなってしまった。
久しぶりに台所に立ってみると、シンクには闇雲に突っ込まれた汚れ物が山積みになっていた。皿もコップも全部どこかしら汚れているし、一部にはカビまで浮いている。これが夏場だったら強烈な匂いを放っていただろうと思う。

独り住まいの皆様におかれましては、所有の食器類の数なんてたかが知れてると思うのだけれど、僕の場合、家にグラスやマグカップ、皿や箸、フォークナイフスプーンがやたらたくさんある。10人程度の来客なら簡単に対応できる。

それは、離婚をした時に、慰謝料がわりに、家族サイズの大きな食器棚ごと、そこにあった食器類を根刮ぎ持ってきたという理由に加え、現在の住まいに越してきてからも、「グラスを洗うのが面倒臭い」という理由で約30個のグラスを買い足したからである。

グラスを30個買い足しても入ってしまうほど大きな食器棚を持ってしまったことが今となっては不運だったなぁ。

僕の心は相変わらず諸事により乱れたままではいるけれど、このままではサースティ、つまり喉が渇いて脱水症状で死んでしまう。どれが新品でどれが新品じゃないのかがわからない缶ジュースのことももう信用できない。

ということで、自虐的兵糧攻めの結果、部屋の乱れのうち、洗い物をしようとようやく決意したのである。

しかし、シンクを見ればこの洗い物を終えるのに数時間はかかることは容易に見て取れた。そこでこの洗い物作業がなるべく苦行にならないよう、iPodにバナナマンとおぎやはぎのポッドキャストを4本入れた。さらに番組と番組の合間にEMI / 寺子屋Love the Way You Lie Pt. 2 / Rihanna feat. EminemMisery / Maroon 5を挟み、お笑い番組と音楽のサンドイッチプレイリストを作成した。ポッドキャストというのは連続で聴くのもおもしろいのだけれど、時々、合間に休憩を入れたくなることがある。しかし、この苦行、一度休憩なんかを挟んでしまったら、二度目はない。絶対に心が折れることはわかっている。ただでさえもはや風前の灯火の心。今だったら幼児に「お前の母ちゃんでべそ」と言われただけでも折れそうなものである。絶対に手を止めてはいけない。そこで、いい感じのリフレッシュになるよう、番組と番組の合間に音楽を挟むことにした。

そうして準備を万端整え、僕はシンクの前に椅子を置いて座った。

我が家は築20年を超えており、入居前に内装工事が入っているとはいえ、台所が非常に低い。それに僕自身が身長185センチという誰もが憧れる高身長、一昔前ならば、僕の前に僕に抱かれたい女の行列ができていたであろう、当時の伝説のモテ条件「3高」のうち、それも唯一努力してもつかみ取れない才覚を有していたため、有してしまっていたため、僕と台所の相性は元々最悪だったのである。

シンク前に腰かけた僕は、黙々と洗い物を始めた。僕だって独り住まい歴もだいぶ経つ。洗い物の手順だってわきまえているつもりである。ひとまず、全ての汚れ物を濡らし、その後、ジョイをつけたスポンジで片っ端から洗っていって、脇へ並べていく。水ですすぐのはそのあとである。

ポッドキャストを聴きながら、僕は片っ端からグラスを、ジョイを含ませたスポンジで擦って泡まみれにして、脇へ置く、次のグラスをスポンジで擦りこれまた泡まみれにして、脇へ置く…を繰り返していったのだけれど、行き詰まった。


置く場所がなくなってしまったのである。


ご覧の通りである。

手前がスポンジで磨いたグラス達である。しかし、向こう側のシンクにはまだまだたくさんの汚れ物が山積みになっているのである。

並んだグラス
それにしても、並んだグラスを見てみると、圧巻である。よくもまぁ、こんだけのグラスを洗わずにおいていたなぁと感動する。そこで僕は、段階を「一部」「二部」に分けた。つまり、脇がいっぱいになったら、すすぎに移り、それを布巾で拭いて食器棚に戻す作業までやってしまい、また最初から、つまりスポンジで擦り、脇へ置き、次の…という形式を採用した。結果、このイベントは「第四部」まで開催されることとなり、全てが終わるまで2時間がかかった。

作業が終わった頃には、僕の喉はからからに渇いていた。
けれど、せっかく洗ったグラスをいきなり使いたくないので、水道水を手で掬って飲んだ。神戸六甲の水道水、悪くなかった。

それにしても、なんだろうこの達成感は。

「服装の乱れは心の乱れ」というのはつまり「服装をきちんと正せば心も落ち着く」という意味であり、「んな、強引な」と思っていたのだけれど、「室内の乱れは心の乱れ」に置き換えて考えたとき、洗い物を終えただけで少し心が落ち着いているのである。

なるほど、こういった気分転換もあるのだなぁ、とひとつ学んだ。

けれど、だからといって、「これからはこまめに洗い物をしていこう」とは思わない。思えない。「これからはこまめに洗っていこうね」ってバニーガールの衣装の女に言われても僕は首を横に振る。コロンブスの卵ではないけれど、「そんな風に考えられるのは、心が乱れていないから」だということを忘れてもらっては困る。

僕の心は相変わらず乱れているのだから、「これからはこまめに洗おう」なんてことは考えられない。そもそも、恣意的に、わざと、「皿、洗わんといたんねん」と思って放置してきたわけではない。僕だって部屋をきれいにしておきたいし、使いたいときにきれいなグラスを使いたい。そんなことは当たり前である。それができないのが「心の乱れ」であるということも、わかっておいていただきたいものだなぁ…

きれいになった台所
と思いながら、美しくなった台所を見つめて喫煙をしていたら、あまりに長い時間見つめすぎたせいで、煙草の灰が床に落ちた。「いかんいかん、せっかくきれいにしたのに」と濡れ布巾を持って拭おうとしゃがみ込んだら、シンクの角で頭蓋を思い切りぶつけて、尻餅をついた僕の身体が、シンク前に置きっぱなしだった椅子にぶつかって、椅子が思い切り倒れて、椅子の背もたれがインターネットのモデムだのなんだのにつながっているコンセントにぶつかって、コンセントが抜けたので、僕は頭をさすりながら慌ててコンセントを差したのだけど、起動したモデムの、普段なら常灯しているランプが点滅していて、インターネットにつながらなくなって、「パスワードを入力してください」みたいな画面が出現したので、頭をさすりながら、IDとパスワードを書いた紙を探して、クローゼットだのテレビ台の引き出しだのをひっかき回して、ようやく紙を発見、「無事インターネットにつながって良かったなぁ」と思いながら周囲を見渡してみたら、部屋がさっきよりもより一層、絶望的に乱れていた。

あん。



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11.18.2010

ものには適正な大きさがある。

Check  
auがandroid端末をタダ同然で配ってる件について
http://bit.ly/aXHOQP

IS01
前にIS01を電車で使てる人がいて、「アレはいったい何なんや」と驚いた。なんせデカいのである。もはや携帯電話のサイズではない。NINTENDO DSよりも一回りぐらいデカい。その時IS01を使てた人は、「ふふん、ボクは今、最先端にいるんだよ」みたいな鼻の穴のデカさで自慢げに端末をさわっていたけれど、僕は全然羨ましいと思わなかった。結果、この始末である。買ったばかりの端末が無料同然で配布されている今、彼はどういう気持ちで自分のIS01と向き合っているのだろう。きっと彼は多額の金子を支払ってこの端末をゲットしたのだろう。予約していたかも知れない。そのために艱難辛苦に耐えながら働き、働いて働いて、ようやく手にした給与の、ほぼ全額を使って購入したであろう端末が、この短期間で無料になっている。


不憫でならない。


でも、まぁ正直それはどうでも良い。あれはどう見たって、失敗作である。そういったものを見極める目を、彼が持っていなかったということである。だからどうでもいい。

ちなみに、そんな不憫な彼を、不憫な目で見ているとき、僕の膝の上にはiPadが置いてあった。iPadはIS01なんかとは比べものにならないくらいデカい。一部の心ない人からは「ただのデカいiPod touchだろ」と言われている。

左がiPad、右がiPod touch
しかし、iPadのよさは、その「ただのデカい部分」にこそあるということを、非iPadユーザは気付いていない。「ただのデカいiPod touch」のポテンシャルをナメてるとお前ら本当にいたい目に遭うぞ、と僕は言いたい。
いつの頃からか、日本には「小さければ小さいほどよい」という風潮が生まれていた。携帯もウォークマンも「世界最軽量」だとか「世界最小」というのが惹句になる世の中になってしまっていた。たぶんそれは、日本が持つ技術力に依拠した、それを世界に誇示したいがための一種のプロパガンダだったのではないだろうか。たしかに、持ち運ぶ必要のあるものは小さい方が良いこともある。しかし、一事が万事、全部が全部小さい方が良いわけではない。世の中には「おっきい方がいいときもある」というのを忘れてはいけない。


別にちんちんの話をしているのではない。


僕は長年iPod touchを使用してきたが、音楽を聴く以外に使ったことはほとんどなかった。YouTubeを見るにしても、文書作成ツールを使用するにしても、PDFを見るにしても、ウェブサイトを閲覧するにしても、とにかく画面が小さすぎるのである。
画面が小さいと、入力作業では誤入力が多くなるし、小さい文字が読めないから画面を拡大したらしたで、上下の動きだけでなく、左右も動かさないといけない。これはしんどい。

しかし、こういった問題はiPadの「ただ大きくなっただけ」という特徴で全て解決した。だから今僕は、iPadでウェブサイトも見るしYouTubeも見る。PDFも読む。漫画も小説も読む。時にiPadで日記も書く。僕は、ものには「そのものに見合った大きさ」というのがあると思う。大きすぎてもダメだけど、小さすぎてもダメなのである。

iPadが出たとき、一部報道で「一回り小さいサイズのiPadが発売される」というものがあった。現行のiPadがデカすぎるという意見からそういった推測がなされたのだろうが、アップルのCEO、スティーブ・ジョブズはそれを一笑に付した。「ばっかじゃねぇの」って。彼もまた、わかっているのである。「ものには、そのものに見合った大きさがある」ということを。

繰り返し言うが、別にちんちんの話をしているのではない。

そこで冒頭の記事の話になるのだけれど、実はこの記事の中に気になる部分を見つけてしまったのである。もちろんこの記事に書かれている大半のことはiPadで事足りる。しかし、現在僕のiPadには「テレビを観る」という機能は備わっていないのである。僕は携帯でワンセグを見ることはない。なぜなら画面が小さいから。小さすぎるから。
しかし、この携帯電話としてはデカすぎるIS01ならば、テレビを観るのにも良いかもしれないなぁと思い始めているのである。

月額8円なら、なんとか許容範囲である。ギリギリ支払える金額である。
ということで、妙に気になるIS01。もう少し調べてみようと思う。

IS03
ちなみにもう発売になったのかな、レディ・ガガウサイン・ボルトがなぜだか広告塔になっているauのIS03、これは非常に気になっている。
もともと僕はスマートフォンには興味がない。なんか、『電話感』がないからである。電話ではないものを、無理矢理電話として使っているような感じがして好きじゃないし、先述のように、メールなどを打電する際、どう考えても画面のサイズ上、ボタンが小さすぎると思うのである。やっぱり携帯電話は、ボタンを物理的に叩いてメールを打って、電話がかかってきたら耳に受話口、口に送話口が来て欲しい、そういう「体感」が欲しいと思っている。だからパソコンもMacだし、iPodも歴代ずっと遣い続けているし、iPadまで購入した僕は、それでもiPhoneを持ちたいとは思わなかった。でも、今回のこのIS03は気になって仕方がない。その理由は、OSがgoogle由来のandroidだからiPhoneのように制約なく、いろんなカスタマイズができるとかまぁそういう細々したものもある。

でも、一番の理由は、かっこいいから、である。



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