10.07.2011

東京が、攻めてくる。

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通っている職業訓練校に、夜場さんという方がいる。55歳で、以前は繊維系商社にお勤めで、上海に9年住んでいらっしゃったのだけど、僕は夜場さんと喫煙所で和談するのをとても楽しみにしている。
この方の話はとにかくおもしろいのである。ものすごくおもしろい。こんな55歳になりたいと心から思うし、会社勤めの時、この人が上司だったら、僕のサラリーマン生活も変わっていたかもしれないとさえ思う。まぁ、上司のせいにするのはよくないが。

この方には、持論がある。持論はあるのだけれど、年齢が半分しかない僕の意見にもきちんと耳を傾けてくれる。たぶん、知識欲が豊富な方なのだろう。若輩の意見に対しても「あぁ、そうか、そういう考え方があったかぁ」と共感してくれるし、意見が食い違っても、年齢にかこつけて頭ごなしに否定するようなことは絶対にしない。

今日、そんな夜場さんと、神戸についての話をした。僕も夜場さんも神戸に住み、基本的に神戸を愛している。僕は神戸が好きだ。独特の雰囲気があって、地方都市だけれど、全国区の知名度がある。「兵庫県」という県名よりも「神戸」という市名が先に出てくるのは、横浜か神戸ぐらいのものじゃないかという手前味噌な認識がある。

ということで、僕はそのとき、夜場さんの前で神戸を絶賛していた。神戸愛について熱弁していた。夜場さんも同じく、神戸を愛する人であるので僕の話をうなずきながら聞いてくださっていた。

しかし、その雰囲気が少し変わった瞬間があった。それは僕が「神戸は、東京へのあこがれみたいなものが薄くて、地方都市としても自立しているのが誇らしい」という話をしたときである。僕は神戸に対し、そういう認識を持っていた。

夜場さんは「でもね」と言って、このような話を切り出した。

かつて、神戸に限らず、地方都市は、どこでもそれなりに自立していて、その土地その土地ならではの特色があった。しかしそれがある時期を境に、変わっていった、地方都市が東京にお伺いを立てるようになり、地方都市の「独自性」が失われていったと思うと夜場さんは言うのである。


そして夜場さんはこう言った。

「ある時期」というのはね、『新幹線が通ってから』なんだよ、と。


新幹線が開通して以来、地方都市の独自性が、すべて東京に奪われていったと夜場さんは言う。その昔、神戸や大阪に本社を置く企業はとても多かった。大手7大商社のうち、東京に本社を置く会社はせいぜい2つほどで、伊藤忠を始め多くの商社の本社は関西にあった。また、松下電器やサントリーなど、関西発の大企業も多かった。でも、今は全部が東京に行ってしまった。大阪の伊藤忠ビルなんてひどいものである。

その元凶が、新幹線が来たことじゃないかな、という意見なのである。

昔の地方出張は宿泊が当たり前だった。でも今は、21時に出張業務が終わっても、新幹線で東京に帰ることができる。そうすると、観光産業的にも地方にお金が落ちにくい。そういう意味でも、新幹線が東京だけにお金を運んでいると言えるような気がするし、東京発のチェーン店が、地方都市の地元の飲食店を軒並み飲み込んでいるのも、見ていて残念だと思う。

という話であった。夜場さんが指摘する、神戸が変化した時代、僕はまだ中学生か、もしかしたらそれ以前のことなので、当然リアルタイムでは知らないのだけど、それでもこの意見を聞いたとき、そういえば僕も昔、神戸にがっかりした経験があったのを思い出した。

あるとき、僕は久しぶりに神戸一番の繁華街、三宮(さんのみや)に遊びに行って、そしてなんとなく落胆したのである。

好きだった個人経営の喫茶店がつぶれて、全国チェーンのカフェに変わっていた。味のある居酒屋が和民になっていた。レトロ感あふれる公衆トイレが改修されて、没個性的なトイレになっていた。

神戸は突然、激烈に変化していたのである。

当然新幹線はもう開通している。ではなぜか。

実はその頃、神戸に、神戸空港が開港したのである。

神戸空港が完成し、たくさんの人を神戸に誘おうとなったとき、神戸はなんとなく没個性的になったような気がした。画一的なカフェ特集の雑誌に掲載されている、個性的ではないインテリアの飲食店が増え、歴史的な、レトロ感のあるお店は次々に淘汰されていった。テレビで見たことのある「東京のお店みたいなお店」が山のように増えた。
反対に、東京に「大阪発」だとか「神戸発」というような店が増えたというニュースをテレビで見るようになった。いつしか、大会社の本社はすべて東京にあるような錯覚に陥り、たまに「大阪本社」だとか「神戸本社」というのを聞くと、物珍しさを感じるほどになった。

こういった印象を、夜場さんは新幹線の開通で、僕は神戸空港の開港で、感じたのである。

新幹線や高速道路、空港網が整備されればされるほど、東京の人たちは日帰りで地方を訪れることができるようになった。東京の文化は簡単に地方に輸出できるようになった。地方都市の中で独自に成長していた文化よりも、テレビや雑誌で取り上げられる、東京の最新の文化こそがイケてるという認識が広まり、東京文化がもてはやされるようになった。かつては、宿泊するのが当然だった観光地も、宿泊する場所ではなく、日帰りで手軽に通り過ぎることができるようになり、旅館は集客に苦慮するようになった。

上海に9年駐在していた夜場さんの話では、今、中国でも同じことが起こっているのだという。

上海万博だの、昨今の経済成長だので、今、中国では交通網が急速に整備されているのだけれど、そのせいで地方都市のアイデンティティが危機に瀕している。
たとえば上海から少し離れたところに、蘇州市という街がある。歴史的にも様々な味のある建造物がある観光地だそうだ。また『蘇州夜曲』という名曲のテーマになった街でもあるのだけれど、この街ではずっと、蘇州語という言語が話されていた。中国には様々な言語があり、地域によって話す言語が全く違っている。それもひとつの文化であった。
しかし、交通網が整備されて、街同士が近くなったことで、たくさんの上海人が蘇州を訪れるようになった。

その結果どうなったか、現在、蘇州市での言語は、上海語が標準語になったし、それだけでなく「蘇州市」という名称さえも危うくなり、「蘇州地域」「蘇州区」というような扱いになりつつあるのだそうだ。

話を戻そう。交通整備のせいで、新幹線のせいで、地方都市の独自性が失われていて、地方都市に落ちていたお金が落ちなくなったという説を夜場さんがぶちあげたのである。

この説はとてもおもしろいと思う。

というのも、田中角栄の時代から、地方に新幹線を引くことは、地方のために重要な政策であると考えられていた。東北新幹線ができたことで喜んだ東北地方の方は多くいらっしゃったと思う。

しかし、新幹線は人を運んでくるだけでなく、その人をもれなく連れて帰る、またお金も連れて帰る。交通網は、首都の文化を地方都市に広め、地方都市ならではの文化は東京に持ち帰られ、東京的にアレンジされ、「東京の文化」と同化される。

「新幹線は東京をつれてきて、お金と文化を連れて帰る」

夜場さんの説は、つまりこういうことである。

のであれば、気になるのは先頃開通した九州新幹線である。

九州新幹線が開通したことで多くの九州人は喜んだと思う。「新幹線が地方にまで伸びる」というのは、良い現象だと信用されているからだ。もちろん、良いことだ。たくさんの、今まで九州に足を運ばなかった人が遊びに行けるようになるのは悪いことではない。

でも、その反面、九州新幹線によって、九州の南端へ出張しても、日帰りで帰れるようになってしまうのではないか。するとお金は落ちず、文化は吸い取られていってしまうのではないか。

神戸市が没個性的になっていったように、福岡市も同じ憂き目に遭いはしないだろうか。

乱暴に言えば、新幹線が伸びると、それに乗って東京が攻めてくる。新幹線を信じることが必ずしも良いことではないのかもしれない。

夜場さんのそういう認識はおもしろいなと思った。
もちろん、こういった会話は喫煙所の他愛のない和談である。
だからといって、アンチ新幹線を唱え、JR本社の周りを旗を持って歩き回ろうなんて腹はない。

大切なのは、「こういった発想ができること」だと思うのである。
与えられたものを、盲信するのは簡単だ。そして、極端にアンチになることも簡単である。あら探しをすれば、誰だって簡単にアンチになれる。

難しいのは、「あれは確かにいいことだけど、ひょっとしてこういう問題点があるんじゃないか?」という発想である。

信じながら疑い、疑いながら信じる。

そういったポジショニングが、喫煙所の他愛ない談話であっても、興奮を生むのだと思う。楽しい話をするというのは、こういうことなのではないかと思った。

明日も夜場さんとの会話が楽しみである。楽しすぎて、つい煙草の本数が増えてしまうのが難点なのだけれど。



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1 件のコメント:

  1. しっかり文章を書いてるこういうスタイルのブログは久々に見た気がします。

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