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お部屋計画。

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来月の中旬に、友達がたくさん遊びに来てくれるのだけども、部屋の現状を目の当たりにすると目眩がする。僕の部屋は今、あまりに散らかっているのである。しかし、1日をかけて完膚無きまで部屋を片付ける体力がないことは以前、証明されている。そこで、今日から当日までの1ヶ月をかけて、ゆっくりと部屋を片付けていこうと思う。

僕の部屋はほぼ正方形と言って良い形をしているので、それを「田」の字形に4分割して、1ヶ月(4週間)の1週間ずつをそれぞれのパートに専念するのである。

ただし問題がないわけでもなく、僕の部屋を「田」の字にした場合、「田」の右下がものすごく汚いくせに、「田」の左下はほぼ掃き掃除で終わるという点である。勢いに乗っている序盤に右下を攻めるのが良いのか、最初は左下を掃除し、右下は最後まで残しておくのが良いのか。

そしてなにより、1ヶ月も集中力が続くのか、そして、前半に片付けた部分を、約1ヶ月間、友人が来るまできれいなままキープし続けられるのか。

そういうことばかり考えてしまって、一向に掃除に取りかかることができないでいる。難儀なものである。



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語り継ぐべき人やもの。

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阪神大震災から16年が経った。
当時、僕は中学2年生で、友人の言葉にハッとしたのだけど、震災前の人生より、震災後の人生の方が長くなった。もちろん、日が経つにつれ、月が経つにつれ、当時の記憶は薄らいでいるし、そもそも僕が暮らしていた街は、神戸市ではあったけれど、被害は少なく、けが人もほとんどでなかった。
だから、震災当時の僕も、学校が休みになったことが嬉しかったし、夜になってようやくつながるようになったテレビが倒れた阪神高速道路を映し出していても、「映画みたいやなぁ」という感想しか持たなかった。

高校に上がり、震災で友人を亡くしたとか、家族を亡くしたという友人が増えたことで、「怖かったんだなぁ」と少し身近に感じられるようになった程度である。

とても中途半端な立ち位置にいると思う。毎年1月17日の午前5時46分に起きて、黙祷を捧げるほど震災に心理的に近いわけではないけれど、神戸に住んでいたものとして、あの朝の突然の揺れは体が覚えているから、被災者ではない人よりは震災に近い。

この時期になると、「リメンバー・阪神大震災」というドキュメントが深夜にずっと流れている。テレビには決まって仏壇に手を合わせる老婆や、息子の遺影に手を合わせる両親が映し出されている。いかに震災が悲惨だったかを、そして残された者の悲しみは今も癒えないということを繰り返し流している。それを見るにつけ、なんだか不思議な気持ちになる。不思議な気持ち、結局は違和感なのだけど。

結局、悲しむ人は、誰に何を言われようと、なにも言われなくても、悲しむし、悼むし、震災を忘れないと思うのである。マスコミが家に来ようが来まいが。
一方で、忘れたい人だっていると思う。震災のことを思い出したくない人もいるだろう。その人が震災を忘れようとしたとして、それを誰が責められるだろうか。

要するに、各々が、各々のやり方で震災を受け止めている。ある人は大切に毎年毎年思い出そうとするだろうし、ある人はきちんと消化しようとしている。外から入ってきた人間がそれをコントロールするべき事ではない。

もちろん、『防災』という意味では、語り継がれなければならないことだろう。でも、それ以外に、義務的に語り継ぐ必要はあるのだろうかと思う。

今年、ついに小学校1年生から中学校3年生まで、全員が震災を知らない世代になったそうだ。そこで、学校は震災についてきち…

伊達直人の不気味。

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最近、往年の覆面プロレスヒーロー、タイガーマスクの正体である伊達直人? 緒方直人? を自称して、施設にランドセルを贈る者が現れ、それに追随する形で矢吹丈やらなんやらが相次いで施設にランドセルを送りつけていて、日本列島津々浦々「こらええこっちゃムード」になっているのが僕にはどうにも気持ち悪い。なんというか、据わりが悪い。その、据わりの悪さについて考えてみたところ、いくつかの「なぜ?」が据わりの悪さの要因になっていることがわかったので、ひとつずつ潰していこうと思う。

幸いなことに、現在の僕には、そういう無為なことに費やすだけの時間は、腐るほどに、ある。

さて、僕が「なぜ?」と思うのは下記の通りである。

1)なぜ、正体を隠すのか?
2)なぜ、ランドセルなのか?
3)なぜ、模倣者が続出しているのか?
まずひとつめの「なぜ正体を隠すのか?」についてだけれど、これにはふたつの仮説が立っている。ひとつは、日本古来の「秘匿する美」に基づいた、無意識的な行動だという説である。「こういう世のため人のため的なことは、コッソリやるべきだし、実名を公表するなんて不粋の極み。調子に乗ってると思われて石礫ぶつけられてもかなわんし」という気持ちから正体を隠しているのではないかという説である。あるいは「こういうことをやるときは、正体を隠すものだ」という思い込みにすらなっているのかもしれない。

もうひとつの仮説は先の説とは相反して、「目立ちたい」というものである。「おいおい、なに言ってんだ、このチンカス野郎、目立ちたい奴が正体を隠すかよ」とお思いの方もあるかも知れないが、どうだろう、本当にそうお思いか?

例えば、茨城県の佐藤和夫さんが近所の施設にランドセルを寄付したとする。そんなものがニュースになるだろうか? せいぜい地元新聞の「人と街〜つながる絆〜」の紙面を埋めるぐらいのものだろう。少なくともテリー伊藤や小倉さんの口上に登るようなことにはならなかっただろう。今回の事件は、3つの要素で構成されている。これは僕の「なぜ?」と合致するけれど、『正体不明の人間』が施設に『ランドセル』を贈り、『模倣する者』が続出している、という事件なのである。

そして、その中でも「正体不明の人間が行った」からニュースになったのである。佐藤和夫さんが全国の施設にランドセルを配っていたとしても、ニュースにはならない。佐藤さんに倣…

渡部陽一への恐怖。

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2010年、テレビ業界を席巻し、一気にお茶の間の人気者になった戦場カメラマンの渡部陽一氏のことは、僕もご多分に漏れず、すごく好きで、ザッピングしていて彼がでている番組を見つけると、つい手を止めてしまうようになっている。
今日も、ザッピングをしていたら、脳科学者の茂木先生監修のクイズ番組に渡部陽一氏がでていたので「お?おもろそやなぁ」と思わず手を止めた。
番組自体はさまぁ〜ずと優香が司会をしている単なるクイズバラエティで、番組内ではインテリ芸人、ロザンの宇治原が3連覇なるか、というのがメインテーマであり、渡部陽一氏もメインで登場と言うよりは、「今、旬だから」みたいな出方をしていた。そんな中、意外に健闘する渡部陽一氏がピックアップされ、茂木先生に脳に関する質問をするという場面になったときの、渡部陽一氏の質問にちょっと冷や汗が出た。



「どうしても、戦場に戻りたくなってしまうのですが、
 これは職業病でしょうか?」

という質問だった。

それを見た時、僕は背中がひやっとしたのである。

なんのことはない、ただのバラエティ番組で、あの木訥な口調にくわえ、画面の下にはテロップがゆーっくり出てきて、完全に『ネタ扱い』されているし、渡部氏がそれを言い終わると、みんな笑い出して「出た、渡部節」という感じになったのだけど、それにもかかわらず、僕の背中はなんかゾゾゾっとした。

「どうしても戦場に戻りたくなってしまう」という、聞きようによってはとても怖い言葉をニコニコした表情とゆっくりした口調で茂木先生に投げかける雰囲気が、正直不気味だったのである。

また、渡部陽一氏自身を見ても、笑顔ではあるが、心から「よくわからなくて困っている」という感じで茂木先生に質問しているような気がした。まるで、自分の中で今は息を潜めている、行動的で攻撃的で、刺激を求める人間性が暴れ出しそうになっていて、それを止められなくて困っているというように見えたのである。そして、その質問を受けたときの、茂木先生は一瞬、張り付いたような表情になったように見えた。なんというか、茂木先生だけは、口調や外面ではなく、渡部陽一氏の質問、困惑の意味をきちんと理解し、その不気味さに「ぞっ」となったように見えたのである。

その後の、茂木先生の回答はこうだった。

「1で生きてきた人間が、100を経験すると、もう100でしか満足できなくなる。渡部さんにと…

火星人マイナスの2011年

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火星人マイナスの2011年の運気
<総合運>
〈乱気〉で苦しみを味わった火星人(-)ですが、〈再会〉を迎えた2011年は、晴れやかな気持ちで過ごせるでしょう。
これまでやりたいと思っていても手が出せなかったことや、やむを得ず中断していたことにもう一度挑戦するチャンスです。
やってみたい仕事があるなら、思い切って異動を願い出たり、企画の提案をしてみましょう。今までと違い、開放感に満ちあふれている2011年は、何をしても生き生きと取り組めるはずです。
そうした姿は、周囲の人の気持ちも動かすにちがいありません。とくに、1月、4月、5月は自分で思っている以上の成果が得られそうです。
火星人は、自分から初対面の人に心を開くことはない一方で、多くの人をひきつける魅力は持っています。2011年はそうした面にも磨きがかかるので、多くの人があなたに接近してくるでしょう。
その目的はさまざまですが、相手の本質を鋭く見抜く力に恵まれているのも火星人の特徴ですから、自分の直感を信じ、付き合いを深める人、そうでない人を区分してください。
また、これまでなんとなく話が合わないと敬遠していた人がいるなら、思い切って話しかけてみましょう。
引っ越しや、転職を考えている人は3月や9月がチャンス。新しい場所で、あなたの今後の人生に大きく影響を与えそうな人との出会いが待っていそうです。思っている以上の成果が得られるのが1月って…なんにもやってへんやんけー、せめて2月まで待ってつかぁさいよぉ。「なんにもやってへんなりに、得たやん?」つって、お隣さんから蜜柑もらってハイ終了、みたいなんイヤやで。今、オレ、大事な時期なんやから。
んで、引っ越しするなら3月かぁ、ここはふむふむです。
<恋愛運>
愛情面も、今までと違って順調です。パートナーの言動にイライラすることの多かった人も、2011年は相手の立場や気持ちを推し量る余裕が生まれ、おだやかな態度で接することができるでしょう。
交際中の人は、足踏み状態が続いていた結婚話が一気に進展しそうです。恋人がいない人は、出会いのチャンスはあちこちあるのですが、問題はそれに気づくかどうか。他の誰かと比べたりすることのばかばかしさはよくわかっているはずですから、自分の心の目でしっかりと相手を見ることです。パートナーの言動にイライラすることの多い一年だったので、2011年に期待し…

火星人マイナスってなんなのか。

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新年明けましておめでとうございます。
一年の計は元旦にありとはよく言ったもので、一年の計を元旦に立てておくと、その一年の自分の行動スケジュールを、全てその「計」に基づいて行うことができるので、ぶれない。人間とはなかなか有機的なもので、「ああしたいなぁ」とか「こうしたいなぁ」と思っていても、直後にすれ違った女の乳がデカかったら、それだけで「グフフ」と笑ろて、今し方、何をどうしたかったのかをいきなり忘れてしまったりする。そういうときに備えて、「計」を立てておくことが大切である。

僕なんかはその辺をきちんとわきまえているので、昨年も一年の計として「平穏無事」をかかげ、一年を平穏無事に送るための様々な作戦を立てて来た。元旦に「計」を建てているので、僕はぶれずに、往々にして、折に触れて「平穏無事、平穏無事」と唱え、それが実現するよう、善処に善処を重ねてきた。
その結果どうなったか。上司からのパワハラは悪化し、心神は耗弱、思いがけないトラウマの発見で、両腕をカッターナイフで切り裂き、精神疾患用薬物の同時大量摂取にて救急車に運搬され、精神の崩壊、現在も職場とは戦争中という、想像を絶するような「激動の一年」となってしまった。なんでじゃ。

一年の計を元旦に立てたというのに、このていたらく、目標達成率2%みたいな状況になってしまったのはなぜなのか、僕は年末真剣に考えた。なぜなら誰も会う人がいなくて、暇だったから。その結果、1つの結論に達した。

「僕はまだ、自分のことについてよくわかっていないのではないか」
ということである。自分自身のことがよくわかっていない分際で、自分自身の一年の計を立てたところで、よくわからぬ自分がそのように行動できるかどうかなどわかるはずがない。慧眼、慧眼。

そうなれば話は早い。
僕は、なんだか忘れたけれど、「火星人マイナス」という人間だという。
細木某という人間が僕をそう定義しているらしい。細木某という人間についてはよくわからないけれど、細木某は、地球人に宇宙人の名とその陰陽を与えることで財をなした傑人だそうで、そこまでの人間が僕を「火星人マイナス」と呼ぶのだから、僕はまぁ、間違いなく「火星人マイナス」なのだろう。「ひろ兄」ならぬ、「火星人マイナス兄」なんだろう。

ということで、細木某のウェブサイトで月額525円というえげつない会費を支払い、「火星人マイナス」と…