神を斬りたい。
毎日鬱々としている。前髪が伸びすぎているからである。あまりにも伸びすぎた前髪は、僕の右目を隠して、僕は鬼太郎みたいになってしまって根暗になった。また、僕は鬼太郎と違って眼鏡をかけていて、伸びた毛先が眼鏡のレンズを汚してくるため、視界はダブルパンチで最悪である。
こうなってくると何をするにもやる気が出ない。朝起きて、真っ先に前髪が僕の顔面に覆いかぶさってくると、「そんなことならもうあと30分寝てやるからな」という退廃的な気持ちになって、結局会社に遅刻する。当然人事部に呼び出されて「おいお前はなんで遅刻するのだ、あとお前のその前髪は一体なんだ」とダブルで叱られて解雇。
僕は流浪の身になって深夜の繁華街を徘徊していたら、警察官に呼び止められて「おいお前の顔は怪しいぞ。意図して前髪で顔面を隠しているようなところが、より一層怪しい」とさんざ怪しまれ、職務質問。
仕事を訊かれて「む、無職です」と言うと余計に怪しまれるので「ロックンローラーです」と答えたことが裏目に出て「射殺します。なぜならロックンローラーは社会の害悪だから」と言われたことに慌てて、「わわわわわ、嘘です。僕はロックンローラーじゃありません、無職です」と言ったのだけれど、「無職? なら射殺する。なぜなら無職のような非生産的な存在は、現在の深刻なるわが国ジャポンの不況下においては害悪でしかないから」と滑らかに言われるので「なななななー、嘘です。僕は社会人です、実は社会人なんです。こんな前髪なんかで暮らしていたら、いつか会社に遅刻して、それで解雇される、いわゆる前髪解雇の憂き目に遭ってしまうなぁって思いながらブラブラしていただけなんです」と真実真正を述べたら、「そうか、前髪に関しての自覚はあるのだな、ただの虫けらかと思ったのだけれど、どっこい、賢い虫けらじゃないか。ということで、害虫駆除を始めます」とまたぞろ拳銃を向けられたので、「何言うたってワシ撃たれるんやないか!」と絶叫してその場を逃走。
帰宅したはいいものの、相変わらず前髪が視界を遮っているので、ここが本当に自分の家なのかどうかわからなくなった。
という風に、自分に起こってもいないことを、あたかも自分に起こったことのように書いてしまうのも、これは前髪のせいである。前髪が目の前に広がる現実を霞ませるので、その分脳内の声、妄想・空想の類が幅を利かせてくる。全く困ったものである、ここいらで煙草でも吸おう。そう思って煙草を口にくわえたのだけれどポッケにライターがない。部屋を睥睨してもライターらしきものが見当たらない。そもそも視界の大半を前髪が遮ってしまっているから、ろくに物も探せやしない。長い前髪のせいでライターは見当たらないし、長い前髪のせいでやる気も出ないからそもそもライターを探す気にもならないし、あーぁ、前髪切りてーなぁ、前髪切りてーなぁ、てやんでい、とブツクサ言うて、台所に向かい、ガスコンロに火をつけて、「全くもって、邪魔くさい前髪やで」と思いながら、腰を折り曲げて、口にくわえた煙草の先をガスコンロの火に近づけた。その動きに伴って、僕の長い前髪も下にだらんと垂れ下がった。そしてガスコンロの炎が、前髪におもくそ引火した。
ぎゃん!
すんげぇくせぇ匂いが鼻を突いて、僕はその場に尻餅をついて、震える手でコンロを切って、それからおっかなびっくり自分の前髪を触ってみた。指先には大量の粉末、小人じじいの成れの果てみたいなカスが僕の指にびっしり付着していて、半泣きになって鏡で確認してみると、それはもはや「前髪がちょっと燃えた」程度の問題ではなく、顔面中央の前髪、幅5センチ、毛先から高さ15センチぐらい上、約75平方センチメートル一帯が、局所的に完全なアフロヘアーになっていた。黒人になっていた。
いやーん!と叫んで僕は両手で頭をバサバサと払った。アフロはイヤだ。アフロってガラじゃない。アフロになるには白すぎる。早口で独りごちて、頭をバサバサ払う。そのたびに小人じじいの成れの果てみたいな屑が床に舞い、散る。やればやるほどカスがこぼれていくことが、そのうち恐怖に変わってきて、僕は手を止めて、そして意を決して鋏を握った。
10分後。
僕の視界は完全に広がっていた。長すぎる前髪は切断され、排水溝から流れていった。
ビュークリアになった僕が、この目で最初にはっきりと見たのは、珍妙なる前髪をした自分自身の頭であり、僕はとても恥ずかしいと感じた、惨。
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こうなってくると何をするにもやる気が出ない。朝起きて、真っ先に前髪が僕の顔面に覆いかぶさってくると、「そんなことならもうあと30分寝てやるからな」という退廃的な気持ちになって、結局会社に遅刻する。当然人事部に呼び出されて「おいお前はなんで遅刻するのだ、あとお前のその前髪は一体なんだ」とダブルで叱られて解雇。
僕は流浪の身になって深夜の繁華街を徘徊していたら、警察官に呼び止められて「おいお前の顔は怪しいぞ。意図して前髪で顔面を隠しているようなところが、より一層怪しい」とさんざ怪しまれ、職務質問。
仕事を訊かれて「む、無職です」と言うと余計に怪しまれるので「ロックンローラーです」と答えたことが裏目に出て「射殺します。なぜならロックンローラーは社会の害悪だから」と言われたことに慌てて、「わわわわわ、嘘です。僕はロックンローラーじゃありません、無職です」と言ったのだけれど、「無職? なら射殺する。なぜなら無職のような非生産的な存在は、現在の深刻なるわが国ジャポンの不況下においては害悪でしかないから」と滑らかに言われるので「なななななー、嘘です。僕は社会人です、実は社会人なんです。こんな前髪なんかで暮らしていたら、いつか会社に遅刻して、それで解雇される、いわゆる前髪解雇の憂き目に遭ってしまうなぁって思いながらブラブラしていただけなんです」と真実真正を述べたら、「そうか、前髪に関しての自覚はあるのだな、ただの虫けらかと思ったのだけれど、どっこい、賢い虫けらじゃないか。ということで、害虫駆除を始めます」とまたぞろ拳銃を向けられたので、「何言うたってワシ撃たれるんやないか!」と絶叫してその場を逃走。
帰宅したはいいものの、相変わらず前髪が視界を遮っているので、ここが本当に自分の家なのかどうかわからなくなった。
という風に、自分に起こってもいないことを、あたかも自分に起こったことのように書いてしまうのも、これは前髪のせいである。前髪が目の前に広がる現実を霞ませるので、その分脳内の声、妄想・空想の類が幅を利かせてくる。全く困ったものである、ここいらで煙草でも吸おう。そう思って煙草を口にくわえたのだけれどポッケにライターがない。部屋を睥睨してもライターらしきものが見当たらない。そもそも視界の大半を前髪が遮ってしまっているから、ろくに物も探せやしない。長い前髪のせいでライターは見当たらないし、長い前髪のせいでやる気も出ないからそもそもライターを探す気にもならないし、あーぁ、前髪切りてーなぁ、前髪切りてーなぁ、てやんでい、とブツクサ言うて、台所に向かい、ガスコンロに火をつけて、「全くもって、邪魔くさい前髪やで」と思いながら、腰を折り曲げて、口にくわえた煙草の先をガスコンロの火に近づけた。その動きに伴って、僕の長い前髪も下にだらんと垂れ下がった。そしてガスコンロの炎が、前髪におもくそ引火した。
ぎゃん!
すんげぇくせぇ匂いが鼻を突いて、僕はその場に尻餅をついて、震える手でコンロを切って、それからおっかなびっくり自分の前髪を触ってみた。指先には大量の粉末、小人じじいの成れの果てみたいなカスが僕の指にびっしり付着していて、半泣きになって鏡で確認してみると、それはもはや「前髪がちょっと燃えた」程度の問題ではなく、顔面中央の前髪、幅5センチ、毛先から高さ15センチぐらい上、約75平方センチメートル一帯が、局所的に完全なアフロヘアーになっていた。黒人になっていた。
いやーん!と叫んで僕は両手で頭をバサバサと払った。アフロはイヤだ。アフロってガラじゃない。アフロになるには白すぎる。早口で独りごちて、頭をバサバサ払う。そのたびに小人じじいの成れの果てみたいな屑が床に舞い、散る。やればやるほどカスがこぼれていくことが、そのうち恐怖に変わってきて、僕は手を止めて、そして意を決して鋏を握った。
10分後。
僕の視界は完全に広がっていた。長すぎる前髪は切断され、排水溝から流れていった。
ビュークリアになった僕が、この目で最初にはっきりと見たのは、珍妙なる前髪をした自分自身の頭であり、僕はとても恥ずかしいと感じた、惨。
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