「回文」の素敵。

「なんてしつけいい子、いいケツしてんな」

のっけからこんなことを言うていると「なんたる品性下劣な野郎だ、犬畜生にも劣る、腹を切れ、腹を!」と叱られてしまいかねない。ただ、ちょっと待って欲しい。たしかに僕の品性は下劣だけれども、どうぞ、この品性下劣人間の話をもう少しだけ聴いていただきたい。


「なんてしつけいい子、いいケツしてんな」


これ、実は「回文」なのである。
回文【かい-ぶん】
「竹藪焼けた」(たけやぶやけた)のように始めから(通常通り)読んだ場合と終わりから(通常と逆に)読んだ場合とで文字や音節の出現する順番が変わらず、なおかつ、言語としてある程度意味が通る文字列のことで、言葉遊びの一種である。英語では palindrome という。[Wikipediaより]
なんだかわざと難しく書いてあるように思えるが、要するに頭から読んでも、最後から読んでも同じく読めてしまう文章のことを回文という。

「たけやぶやけた」、これを後ろから読んでも「たけやぶやけた」になる。
「磨かぬ鏡(みがかぬかがみ)」もそうである。


「なんてしつけいい子、いいケツしてんな。」


これを逆から読んでみても、やはり「なんてしつけいい子、いいケツしてんな。」と読めるでしょう? 僕は別にケツの話をしたかったのではなくて、今回は回文の話をしたかったのである。ちょっとは興味を持っていただけただろうか。

さて、回文というのは面白い。面白いが、いざ作ってみるとなると難しい。

例えば「朝」で書き始めてしまったら、もう最後は必ず「さあ」で終えなければならない。「さあ」は語尾としてもまだ使えそうだが、「ピンクの」なんかで始めてしまったら、最後は「のくんぴ」で終わる文章を書かなければいけないのである。「のくんぴ」なんかで終わる文章なんて書けるだろうか。だいたい「のくんぴ」ってなんなんだ。

今、思いつくのはせいぜい「あさのくん、ピ!」くらいのものである。

「ピンクのさあ ─(不明)─ あさのくん、ピ!」

返す返す、なんなんだこれは。

「あさのくん、ピ!」ってなんだ? あさのくんのどこかにピンクの部分があって、それをピ!としたのか?

・・・あさのくんのピンクの部分をピ!

・・・まさか、乳首かっ?!

とまぁ、呆れるほどにこんなことばかり考えてしまうため、真ん中の文章が全く思いつかない。

このように、頭から読んでもケツから読んでも同じ読みになる文章を作るというのはとても難しいのである。特に文が長くなればなるほど難しくなる。

たとえば、「新聞紙」だとか「トマト」だとか「蚊」なんてのは愚の骨頂、簡単すぎる。ちなみにうちの近所に「かしま歯科」という歯医者がある。これも逆から読んでも「かしま歯科」になる。が、しかし、そもそもこれら単語を「回文」と呼んで良いのだろうか。やはり『文』と言うてる以上、名詞だけではなく、そこに助詞だとか助動詞だとか動詞、形容詞が組み込まれたものでなければ回文とは呼べないのではないかと思う。

ただ、短めの回文であれば、それほど苦心しなくても作ることができる。


「留守に何する」


こんな感じにある程度簡単に作れるのだけれど、簡単に作れてしまうとその分、達成感が弱い。感動しにくいのである。

そこへ来て、「なんてしつけいいコ、いいケツしてんな」なんかはなかなかの大作ではないだろうか。「留守に何する」を反対から読んだときよりも感動は強い気がする。

しかし「なんてしつけいいコ~」に対しても納得のいかない部分は多々ある。


「なんてしつけいいコ、いいケツしてんな」


これは文としてきれいじゃないのである。

まず、「しつけいいコ」という言い方が怪しい。普通であれば「しつけのいいコ」と言うだろう。しかし、「の」を入れてしまうことで回文が崩れてしまう。だから苦渋の選択で「の」を抜いたのだろうと思う。

それだけではない。前半では「なんてしつけいいコ」と、なんとなく上品な人の語り口のようになっている。「あらまぁ、なんてしつけいいコなのかしら」みたいな感じで、マダムっぽい口調である。それなのに後半でいきなり「いいケツしてんな」と、今度はこのご時世に、未だセクハラの意味を知らぬ50代の管理職クラスが、コピーをとってるOLの後ろ姿を見ながら口にしそうなほど下品で俗っぽいニュアンスに変貌してしまう。

回文であることを重視しすぎて、文として破綻している。

なによりも、この回文のダメなところは、「意味がわからない」という点である。

「なんてしつけいいコ、いいケツしてんな」、これを通常の文章に書き直すと「なんてしつけの行き届いたコなんだろう、ホント、いいケツしてんなぁ」とまぁ、だいたいこれくらいの意味になると思う。

しつけの話しとったんやないんかい。なんで急にケツの話になっとんねん。

これを言うとるやつは、そのコにしつけが行き届いていることに感動しているのか、そのコのケツがたまらんということに垂涎しているのかがわからないし、この2つに別に因果関係はない。


つまりこの回文は、本来入れるべき「の」という助詞を抜き、前半と後半でニュアンスが変貌し、意味のないことを言うている、これは一応「文」ではあるけれど、意味がない。日本語にはなっているから読めばそれなりに感じることはあるだろう。でも意味がない。


感じるけれど、意味はない。

まるで男の乳首みたいなものではないか。

おっと、また乳首のことを考えてしまった。夜は思考が自由である。あと、夜は思考がちょっとエッチな方向に引きずられてしまうよね、君もそうだろう?


再び話を戻そう。今回、回文について少し調べてみたところ、回文を作る難しさを痛感したと同時に、回文の奥深さに触れた気がするので、もっともっと良い回文があるんじゃないかと思い、野を越え、山越え、谷越えて、僕は美しい回文を探してみた。「美しい回文」を僕はこう定義する。


『文として破綻しておらず、 意味がある上で、それなりに長く、逆から読んだときに強い感動を与えるもの』


回文を重視しすぎて、文に無理があっては美しくないし、日本語として成立していなければそれは「文」と呼べるかも怪しい。また、「そんなことを言ってどうするんだ」というような回文は感動が薄い。その手の条件を全てクリアした回文を「美しい回文」と定義し、探し続けた。しかし、なかなか見つからなかった。


中途、こんなのがあった。

「医師の谷です。犬に犬確か縫い縫い縫いぬ犬犬犬犬か下縫いに縫いすます朗々と遠のきし風から風か四季の音示せ掃きて清め見るとも黴を美化理屈を作り黴を美化しても 担う男の子の出る日 頬の笑み三重頬は三重 変だよ力なら勝ち止め示しとんだ不作神の子のみよ草の波 力かきつめリズムリズムリズム山ノ湯抜かぬ盗れば威張れと敵 累々いるいるるいるい寄るさ 女最期凄いさカトレアわが又気怠さや酒飲みし仲なかなかな哀しみのみの今朝や去るだけ雪の来てカチカチビタミン三度火の消え呼ぶよぶよぶよぶよぶよブヨの子 高いか夫婦 レタスも夜も酒相談と叫ぶと黒熊突けば烏や寝付けば臭くナズナトマトナスの顔楽々この子のこのこの睦む来い来い来いよ住まゐ歌うよ歌う歌うよ歌うゐますよ行こ行こ行こ睦むのこのこのこのこのくらくら丘の砂トマトなずな臭くバケツねやすらかバケツ真黒く飛ぶ今朝とんだ嘘今朝も夜も廃れ 夫婦買い方この世ぶよぶよぶよぶよぶよぶよ駅の火ビタミン三度ちかちか 敵の消ゆ気怠さや酒飲みし仲なかなかな哀しみのみの今朝や去るだけ多摩川あれとか最期凄いさ難を猿よいるいる累々いるいる 来て盗れば威張れと抜かぬ 湯飲まやむずりむずりむずり目つきから勝ち皆の咲く神の子の味覚さ普段としめしめと力なら勝ちと壇へ笑みは微笑み三重のほほ昼出の子の媼にもてし華美を美化理屈を作り華美を美化もとる見目良き敵は攻めし遠退きし風から風か四季の音とうろうろすます犬に犬確か縫い縫い縫い縫いぬ犬犬犬か下縫いに縫いすでに楽しい」


長すぎるわ。ただただ長くしようとしすぎなんじゃ。長いだけで日本語として成立していないし、全然美しくない。なんの感動もないよ。んで、しょっぱなに出てきた「医師の谷」が後半まったく出てけぇへんやないか。


他にもこんなのがあった。

「女子コンパでパン粉所持」

いいじゃないか、コンパにパン粉持ってきたって。

他にも。

「昔ある猿、島に猫寝に混じる。猿、足噛む。」

どういうことやねん。

なにがどうなったら、猿が海渡って昼寝しとる猫の軍団の中に混じって足噛むねん。あと猿が噛んだんは猫の足なんかい、それとも自分の足なんかい。もう、なんなんじゃい!

とまぁ、このようにたくさんの美しくない回文をくぐりぬけていく道中はとてもつらかった。死ぬかと思った。回文を嫌いになりそうな時期もあった。回文と距離を置こうか、回文にメールするのを少し辞めようか、回文に呑みに誘われたらどうしようか、回虫が出たらどうしようか・・・などなど、数々の苦悩を味わった。

しかしその先で僕はようやく、『美しい回文』と出会ったのである。


この回文は素晴らしい。

まず、短かすぎもせず、長すぎもしない。
長すぎると『医師の谷』みたいにわけのわからぬことになるからね。

次に、日本語としてきちんと成立している。
それどころか、文法的にとてもきっちりとした文になっている。

さらに、とても明確な意味がある。
メッセージ性がとても強いのである。 無駄な言葉を一切使わず、現代社会を鋭く切り取っている。

そのため、逆から読んでみて上手くいったときの感動たるや、これまでのそれとは全然違っている。エクスタシーに近いのではないだろうか。


それでは最後に、僕が辿り着いた、現時点で僕の知りうる究極の回文を紹介して終わろうと思う。

これだ。



「世の中ね、顔かお金か、なのよ」



綺麗な薔薇には刺がある。
美しい回文は、なんて辛辣なのだろう。



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