『10年後の自分へ』

(本当はこんなことやってる場合じゃないんだけど……)

休日を利用して部屋の片付けを始めてから2時間。
10年来開けていないクローゼットをついうっかり開いてしまったばっかりに、中から出てくる1つ1つの品々が懐かしくて、僕はつい手を止めて想い出に浸ってしまっている。片付けられない人間の典型は、片付けを始めてもこの体たらくである。


「あれ? なんだこれ」


開ける箱、開ける箱から記憶にもないものを取り出しては「あ~はいはい、あのときの」とやっているうちに、僕の周辺はむしろどんどん散らかっていく。
小学校の卒業文集を読み終えて、自分の文才が、将来の自分が読んでも何を言いたかったのかわからないほどひどいものだったという事実に衝撃を受けていたとき、懐かしい写真や恥ずかしい日記帳に紛れて転がり出てきたのは、インデックスのない60分のカセットテープだった。

「当初の目的」という言葉があるけれど、あれは本当に、「当初」だけのものなのだと感じる。カセットテープを見つけた僕は、「片付け」『か』の字を、「カセットデッキ」『か』の字にすっかり置き換えて、ほぼ自動操縦のロボットみたいに、ごそごそとカセットデッキを探し出し、期待に胸を膨らませながらテープをセット。

気が付けば再生ボタンを押していた。


ガサガサという雑音の中から、急に「それじゃ、つぎは、大野く~ん」という声が鮮明に聞こえてきた。覚えている。6年生の時に担任だった早川先生の声だ。

椅子が床をこする音がして、木の床を上履きが歩く音がする。
あの頃の音は、それだけで当時の光景を思い起こさせてくれる。

「10年後の僕へ」

いきなり子供の声が聞こえた。かなりレコーダーに近いところで話し始めたようで、特に声を張っているわけではないけれど、急にボリュームが上がった気がする。息を吸う音まで生々しく聞こえてきて不思議だが、小学生の大野正、小学生の頃の僕が喋り始めたのである。



声変わりも済んでいない甲高い声に耳の裏が痒くなる。
それにしても、こんなイベントがあったなんて全然覚えていない。
もちろん何を話したかなんて全く記憶になかったので、僕の内心は踊った。タイムカプセルなんかのイベントをテレビで見るたびに、「あんなの、中になに入れたかくらい覚えてるだろう」と思っていたクチだが、どうにもそれは間違っていたらしい。

「10年後、僕は22歳になっています。来年近所の中学に行って、バスケ部に入ったあと、受験勉強を頑張って公立の真心高校に進学します」

(そうそう、やるなぁ、オレ)

思わず笑ってしまう。妙に断定的な表現じゃないか。先生の狙いなのかな? 曖昧なことを言わせると、みんな似たようなものになるし、将来聞いた時にも面白みがない、早川先生はそんな風に気を利かせたのかな?

僕は、どんどん興奮して行くのがわかった。

確かに僕は小学校の頃からずっと中学に入ったらバスケ部に入りたいと思っていて、
もちろん希望通りにバスケ部に入部した後、結構活躍したんだっけ。

ただビックリしたのが進学先までぴたりと当てたことである。記憶だと、僕は中学3年生まで高校受験なんて考えたこともなかったはずだけど、実は小学校の頃から真心高校に進むつもりでいたなんて……わりとライフプランのしっかりした子供だったのかもしれない。


「真心高校では勉強が大変だったけれど、なんとか頑張った僕は国立の流星大学に入学します。
 10年後の僕は流星大学の4回生になっています」



飲み込んだ唾が耳の奥で「ゴクリ」と鳴った。



当たっている。



たしかに高校の3年間は“勉強”の一文字で終わってしまう毎日だった。
県下でもトップクラスの進学校に進んだせいで周りについていくのが大変だったけれど、持ち前の負けず嫌いのお陰でなんとか落ちこぼれずに有名国立大学の流星大に進んだ。

しかし、なぜ小学生の僕がそれを……


テープは続く。


「しかし、僕が頑張ったのはそこまでです。大学の4年間を僕は見事に遊んで過ごします。『それまで勉強し続けてきた反動だ』と言えば聞こえはいいですが、授業にでたのは数回、後は全部、お世辞にも褒められるようなやり方ではない方法で、つまり卑怯な手を使ってなんとか単位をとっているだけ。
 4回生になってからも就職活動をしなかった僕は、周りからもハッキリと浮いてます。
 でも僕自身は、3回生になってから急に髪を黒くしたり、スーツで大学にくるようになった周囲の友達を見下してるだけで、なにもしません。本当は自分も何かしなければいけないと焦ってるくせに、何もしないで周りを見下しながら毎日を過ごしているわけです」




手に、じっとりと汗が浮いている。
額にはきっと珠のような脂汗が浮いているだろう。
毛穴が開いたというか、鳥肌が立った。悪寒が身体中を駆け巡った。


なんでだ、なんでそこまでわかる……。

そしてここから、小学生の僕が、今の僕さえ知らない、これからの僕について話し始める。
恐怖が全身に蔓延して身体が動かない。いや、この期に及んでどこかでまだ好奇心があったのかもしれない。


僕は、テープを止められなかった。


「そうして結局なにもしないまま大学生活は終わります。
 春になると友達はみんな会社員として働きだしたのに、
 僕はフリーターとして学生時代と何も変わらない生活を始め、結局僕はそれから3年間を、ただ何となく過ごしていきます。


 ただし、そんな生活も2011年の6月19日で幕を閉じます。なぜなら……」





そこで少しだけ沈黙があったのか、あるいは、僕の意識が聞くのを拒否して、無意識に時間の感覚を引き伸ばしたのか……




「堕落しきった僕は、知り合いとのお金のトラブルで殺されてしまうからです。
 殴られたり蹴られたりしながら、最終的にはマンションの屋上から投げ落とされるときに僕は、初めて『ちゃんとやっておけばよかった』と後悔するのですが、何を、どこをちゃんとやっておけばよかったのか、あまりにも堕落し切った生活を送ってきていた自分には結局わからないまま、後頭部からアスファルトに叩きつけられて即死するのです。

 これが僕の人生です。以上で終わります」



心臓が激しく波打っていて、流れる汗が止まらない。スピーカーから流れるノイズが静かな部屋を満たしていた。



「こんなんでいいの? 録り直す?」

スピーカーから、早川先生の戸惑うような声がした。
甲高いまま、そこにぞっとするような冷徹さを含んだ声で、小学生の僕は早川先生に応える。

「うん、それでいいよ。いい気味だよ」

10年前の僕は、そう言い放った。
もう一度ガサガサという雑音がして、テープからはもう、ノイズしか聞こえてこなくなった。



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