またやってしまった。

今日は昼餉に素麺を誂えて機械的に食い、さすがに最近学んできたので、食べたその足で、洗い物を行った。満腹の状態で、家事をこなすことは非常に苦しい。

しかし、洗い物にも徐々に慣れてきているのか、速度が速まっているようで、ものの10分で終わった。ものの10分で終わる作業を、これまでどうして2日後とかにやっていたのだろうか。バカだなぁと思いながら、エプロンヌで手に付いた水滴を拭いながら、ソファにどかっと腰かけて、もの凄く偉そうにリモコンを操作、テレビをつけると、画面にバルーンアーティストが姿を現した。

僕は、基本的にアーティストと呼ばれる人に弱いし、卓抜した技術のわりにその知名度が低ければ低いほど、無条件で愛してしまう傾向があって、そのバルーンアーティストは、僕のお眼鏡にうってつけだったので、僕は、一瞬で彼女ら、井上夫妻を溺愛するに至った。

井上夫妻の場合、結婚前から奥様がバルーンアートを始めていた。その、バルーンへの情熱は並々ならぬものがあり、日本中を軽トラで錯綜、津々浦々の広場にて、風船を使ったオブジェを作っていく。

バルーンアートと聴くと、ウィンナーみたいに長い風船をキュッキュキュッキュと握っていって、プードルだのなんだのを作るのが有名だけど、井上夫妻のバルーンアートはそゆんじゃなくて、普通の風船をたくさん使って、組み合わせて、大きなオブジェを作ったりするタイプのやつである。

ちなみに僕は、あの、キュッキュキュッキュしながら作られるバルーンアートは大嫌いだ。なぜなら、あの「キュッキュキュッキュ」という音がダメで、僕は本当に駄目なので、例えば道ばたであの音を聞くと、その場に膝から崩れ落ちてしまうほどに、抵抗を覚えるのである。

閑話休題。

奥様は、そんな風に全国を風船と夢を膨らませながら行脚しており、そんな道中でご主人と運命の出会いを果たすのである。バルーンアーティストというのは、とても華やかに見えるけれど、風船を膨らませる重たいボンベを持ち運ばないといけないし、膨らんだ風船の口を括るのには、思いの外力がいる。

サーファーとして名を轟かせ、肉体力には自信があったご主人が、奥様の力仕事を手伝うようになるのは、ごく自然なことだったし、そこから二人が結婚に至るのも、あっという間であった。

その後、ご主人がバルーンアートにはまっていき、二人三脚で、仕事をこなすようになってくる。例えば結婚式場で、新郎新婦が大きな白い風船を針で突くと、小さな真っ赤なハートの風船がたくさん飛び出してきて、蒼穹に消えてゆく、みたいな演出をして列席者を笑顔にしたり、風船を何百個と使用して、巨大ピカチュウを作って、子供達を大興奮させたり。

井上夫妻が行くところ、必ず笑顔の花が咲いていったのである。

しかし、ある日、たくさんの人を笑顔に変えていった井上夫妻から笑顔が消える事件が起きる。

奥様が、病床に伏したのである。

具体的な病名は明かされなかったが、放置しておけば間違いなく死に至る病気、手術しても、予後の確証は出来ないという、極めて重い病気に罹っていたのである。

ご主人は、入院中の奥様を励ましながら、一人でバルーンアートの仕事を続けた。見様見真似で始めたバルーンアートも、今ではすっかりプロクラスである。昼間は全国の人たちを笑顔にして、夜は奥様を笑顔にする。そんな毎日が3ヶ月も続いたという。

そして、奥様は退院した。
若干やつれては見えたが、予後は良好。
退院するや否や、奥様は今までの遅れを取り戻すかのように仕事に精を出し、年に一度、海外で行われるバルーンアートの世界大会にも出場している。

リヴィングルームで夫妻並んでインタビューに答えるシーンでは、

「これまで、一生懸命やってきたつもりだったのですが、命が危険だとわかったとき、もっとできたんじゃないかって思ったんです。だから今は、病気の前よりも、さらに熱中しています」

そう言う奥様の顔を、ご主人は心配そうに見つめていた。

「やっぱり、あまり無理して欲しくはないんですよ。でもね、仕事をしてるときの彼女が、一番生気に満ちているというか、仕事を続けている以上、病気がまたやってくるっていうのがないような気になれるんですよね。だから、頑張って欲しいですし、僕にできるサポートは全部やりますよ」

あまり喋るのが得意ではなさそうなご主人も、自分なりの言葉で、奥様のサポートを約束した。しかし、だからといって、奥様の体は以前と変わらないわけではない。体力も落ちたし、体重もずいぶん減った。以前と同じことをしても、以前より疲れやすくなっている。

「やはり、健康管理が大事になってきます」

と、ナレーションが言った。

「実は、井上夫妻は、毎日欠かさず飲んでいるものがあるんです」

というナレーションとともに、奥様のお母様が、お盆の上に3つのグラスを載せてリビングに入ってきた。グラスには濃緑色のドロドロした液体が入っている。


「出た・・・」と、僕は、絞り出すように言った。


「青汁、これを呑むようになってから、体が凄く軽くなりました。飲みやすいんですよ、これ」っつって、奥様が、奥が、奥の女が、笑っている。隣でおっさんが、主人が、筋肉バカが青汁飲んで、笑っている。

またやってしまった。
青汁さん名物15分ドキュメンタリー番組風 コマーシャル
ドキュメンタリーだと思って見てしまったのは、これで何回目だろう。
おかしいなと思う部分はあった。奥様の病名が明らかにされなかったところとか、今思えば、『青汁が癌に効く』みたいなことになってしまうと、それは薬事法違反になるはずだ。

それに、僕ぐらい頻繁に騙されていると、最後のリビングでのインタビューシーンなんて、きな臭いのである。なんというか、プロデューサの采配、カメラマンの撮り方が、いつも同じなのである。
それでもまた気付かなかった。情けない話である。

画面下にご注文先電話番号が表示されるよりも前に、僕は溜息をつきながらチャンネルを変えたら、次はドアップでみのもんたが笑っていたので、もはやここまでと、テレビを滅した。静寂が部屋を満たした。



クルックー。

あ、鳩がいた。



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