サブプライムな俺。

昨晩。会社帰りの各駅停車で、幼児からワイワイ攻撃を受けている成人男性を見かけて湧いた、なにが?

野次馬魂が。

成人男性はまず間違いなく幼児の父親である。だからこそワイワイ攻撃の餌食となるのだ。

ワイワイ攻撃と言うと凡庸な諸兄は、「なんやしらんがワイワイやっとるんやろなー」って思うんやろけど、そうじゃない。ワイワイ攻撃、これの正式表記は「Why?Why?攻撃」であり、幼児特有の、何に対しても「なんで?なんで?」と訊いて訊いて訊いて訊いて訊いて訊いて訊きまくる、怒濤のあの攻撃である。

幼児は今、電車内の吊り広告を指差してワイワイ攻撃をやっている。

僕は、その光景を見ながら「大変だ、親ってのは」とヘラヘラして列車に揺られていて、しかし、はたと気付いた。もはや戦後ではない、と。

あ、ちゃうわ。「これは他人事ではない」と。

僕かて、もしかしたら将来的に赤子嬰子の類を授かるかもしらん。
ところで赤ちゃんを称して「赤子(あかご)」「嬰子(みどりご)」と二通りの手法があるけれども、赤だ緑だとまるでクリスマスみたいだな。そういえばクリスマスは「Xmas」と書くのが正しくて「X'mas」と書くのは島国日本だけの書き方で、欧米人が首を傾げる間違い英語らしいじゃないか、まぁそこんとこ、若干英語に憶えのある僕なんかは「Christmas」と書きますがね、最近の携帯電話はすごいなぁ、全部一発で変換できるなぁ。


ではなく。

ワイワイ攻撃の話であった。
朝なので思考が自由なのであった。であった。

いつか自分の子供が「○○ってなに?ダディ」と訊いてきたときに、「知らん。自分で調べなさい。なにがダディじゃ、値打ちをこくな」と冷や汗かきながら邪険にするような親にはなりたくない。親として、大人として、男として、子供に「知らない」とは言いたくない。あんたもそうだろう?
今、こないしてワイワイ攻撃の乱打を浴びてぐにゃぐにゃになっている、あのパパもきっと僕と同じ気持ちだ。

想像してみる。やがてやって来る保護者参観日にて、息子ないし娘が『阿呆な父と、懸命に、私は生きる』みたいなタイトルで作文を朗読されたくはないじゃないか。


ねぇ、そうだろう?


そこで僕は帰途、直近の問題。つまり今現在の僕がよく知らんこと、そのタイトルを挙げてみた。
これは将来のシュミレ…シミュレ…シミレ…まぁつまり対策である。
知らんことを探すという行為は、童貞が性行為について哲学するような感じで、やっててとても虚しかったが、そのうちやがてひとつの、お誂え向きな課題に辿り着いた。

やってよかった。

よく知らんこと、『サブプライムローン問題』、これだよ、これ。

最近じゃ、会話に於いて、語尾に「ほーんと、サブプライムローン問題ですよねー」とつけておくとだいたいイケる。女を抱ける。なんや賢く見える、「この御仁は経済に明るい、世相に明るい。大人だ。信頼の置ける人だ。よし、そんな良い人がお薦めするこの美顔器というのを、いっちょ私は買いましょ」などと、商談も円滑に進む。

という時代だというのに僕は、サブプライムローンがなんたるかを知りもしないで、「今すれ違ったあのコ、オレのこと見てたな」とか思うていたのである。ほたえていたのである。

僕は焦って、帰宅して、妻には「しばらく話しかけないでね」と言い置いて、サブプライムローン問題について、兎に角調べた。ところで兎に角があったら、それはドラクエの世界になるよね、関係ないけどね。いかんいかん、リサーチをしなければ。

僕はガンガンに、或いはグングンに、時にギンギンに、そしてゾンゾンに、あわよくばリンリンに、サブプライムローン問題とはなんなのかについて、目ぇから血ぃ出るほど調べ倒した。


そうして1時間後、ついに我が家に、サブプライムローン問題について、熱く語れる社会人が誕生した。

何を隠そう、この僕である。

説明しよう。

サブプライムローン問題、それはアメリカで起こった。
内容を要約すると以下のようなことである。


お金を返してくれなさそうな人にお金を貸して、返してくれなくて困っている、という問題。



なにをやっとるんだ、アメリカ。


僕は憤慨した。そして若干悲しかった。
というのも先々月に僕はアメリカにいた。アメリカは僕にとても優しかった。
ロサンゼルスのファーマーズ・マーケットでは、バダ・ハリを1撃で倒せそうなほど筋骨たくましい2メートル超の黒人が、小さな老婆を「マム」と呼び、寄り添い合って飯を食うていたし、ラスベガスのホテル『ベネチアン』のルームキーパはチョコレートを3枚くれた。本当なら1枚のところを、である。

アメリカは優しかった。優しいことは良いことだ。
でも、お金を返せない人にお金を貸して、お金が返ってこなくて困っている、そのせいで世界中の人が苦しんでいる。「お金貸してください、返さないけど」と言われて貸すような奴はいない。しかしアメリカは貸した。優しいからである。しかしこの優しさは悲しい。誰かに優しいということは、他の誰かに厳しいということである。
世界的大企業は1,000人をリストラすると発表したらしい。某県内では4,000人を超える派遣社員が解雇されているらしい。

ろくすっぽ働かず、タンクトップにボロきれデニムを履いてピーナツバターばかり舐めて笑ろているアンソニーがお金を返さないせいで、仕事は丁寧だけど不器用なために、上からの表かがあまり芳しくない前島さんのクビが跳ぶ。

これの何が優しさか。

眼前に広がる、「優しさバタフライ・エフェクト」に、僕は憤慨し、ひとまずソファをどついた。グーで。

するとすかさず愛する妻が飛んできて「一体どうしたの?」と訊いてきたので「僕はアメリカに落胆した」と答える。すると「なんで落胆したの?」と訊いてきたので「ことの発端はサブプライムローン問題にある」と呟く。妻が「サブプライムローン問題っていうのは最近よく聞くけれど、あれって何なの?」と言いながらココアを差し出してきて、僕は「ありがとう」とまず謝辞を述べてから、サブプライムローン問題について、つまり「お金を返してくれなさそうな人にお金を貸したら、返してくれなくて困っているという問題なんだよ」と説明すると、妻が一瞬の無言のあと、「なんでそんなことになるの?」と訊いてきたので僕は「アメリカは優しいから」と答えた。

すると。

「優しいからてなんやねん」つって、妻は僕にツッコミを入れた。一目見て明らかに、妻は呆れていた。
その姿はまるで、『阿呆な旦那と、懸命に、私は生きる』を朗読するように見えて、そしてひとつの事実に気づいた僕は愕然とした。
先述の一連のやりとり、これは全て妻によるワイワイ攻撃だったのである。そして僕の回答、「アメリカは優しかったから」は、これ、妻にとっては全く答えになっておらず、「知らぬ」と答えられたのと同義であったため、妻は「結局なんも知らんねやないけ、この鼻くそ」と思って僕に呆れを抱いたのである。

負けた。

付け焼き刃の知識を披瀝して、ワイワイ攻撃に屈した。屈辱である。

僕は悲しくなって悲しくなって、居づらくなって、家を飛び出した。外は寒かったが、寒ければ寒いだけ、夜空は高く、星空は目映い。
閉店間際の煙草屋で軟膏臭い老婆からKOOLを買った。何がクールか、クールなもんか。


財布を見ると、僕の所持金は677円になっていた。


誰か1,000円貸してください、返せないけど。




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